This Category : 近況

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2011.11.21 *Mon

425(2011.11.20)

ついに当地でも初雪です。といっても雪がちらついているのを私が目撃したわけではなく、夜のうちに降ったようです。近くの山は薄化粧をしていました。風も北西の強いものが多くなってきました。間違いなく会津は冬です。

とうとう、愛犬のももとお別れです。生まれて1か月くらいで我が家にきたもも。そのもらってきた家の方にあとの世話をお願いしたのです。
私一人で家にいたときに、引き取りに来られたので、家族のみんなの見送りは残念ながらできませんでした。先方もお忙しそうだったので、別れを惜しむ間もあまりありませんでした。でもその方が、私にはよかったです。最近涙腺の緩くなった私には耐えられそうもなかったですから。

ももとはたくさんのいい思い出、つらい思い出があります。ここ数年は子供の世話ばかりでちっとも構ってやれなかったのですが。ですから、心残りといえば、最後まで自分の手で世話ができなかったこと。改めて生き物を飼うことの責任の重さを痛感。

3日後に次の飼い主さんにばったり出くわし、ももの様子を聞きました。最初の夜はとにかくよく泣いていたそうです。でも次の日には、普通に過ごせるようになったようです。私たちの身勝手でももにも迷惑をかけてしまいました。それでもなんとか慣れてくれそうで、一安心です。


このブログで、コメントをいただくことも最近多くなりました。もちろん、ひとつひとつ拝読し、コメントを頂戴していることにとても感謝しております。でも、それについてこの紙面上で返事をするのは、今は控えていますので、コメントの承認をあえてせず、このブログ上には載せていません。気を悪くされていましたら、ごめんなさい。よろしければ、メールアドレスを書いておいていただければもちろん、個人的にご返事は差し上げます。よろしくお願いいたします。
CATEGORY : 近況

2011.11.14 *Mon

424(2011.11.14)

立冬になって急に寒さが厳しくなってきました。初雪の予報も出始めました。引っ越しの準備にはもう少し暖かい方がありがたいですが。

おととしナラの木に種菌を植えて、裏の杉林においた原木シイタケとナメコが、秋に出てきました。身がぷりぷりしてとてもおいしそうでしたが、喜多方市の野生のキノコからセシウムが少なからず検出されているようでしたから、口にするのはやめました。
そういえば、今年はキノコ狩りに山に入る人は原発から遠く離れたここ山都町でも少ないです。春の山菜取りのシーズンも同じでした。

山道を車で走っていると今年はやたらと木の葉が降り積もっているような気がします。いつもの年だと、農家がせっせと落ち葉ひろいをしていて、こんなには残っていないのではないかと思います。今年の落ち葉はあまり拾う気にならないのではないでしょうか。これも放射性物質。集めれば集めるほど高濃度汚染の堆肥ができてしまいますから。集めてきた乾いた落ち葉を一カ所に集めて、子供たちがその中にダイブするのを、これまでの我が家の秋の楽しみのひとつとしていました。

うちの子供たちが、木の枝を使ってチャンバラごっこを畑でしています。でも、転んで土を口に入れてしまったらどうしよう。木の枝を掴んだその手を洗わずにお菓子を食べたらどうしよう。気づくと最近はアスファルトの道の上で遊ばせるようになっていました。恵まれた自然に戯れさせることに、なぜこんなにハラハラしなければならないのでしょうか。

私は今回の原発事故は一種の革命だと思っています。今まで良いと思われていた行為がことごとく、してはいけないこと、しない方がいいことに変わってしまいました。
地産地消。身土不二。できるだけ地元でとれた農産物を摂取するのがいいのだ。
天然資源の活用。落ち葉、稲わら、モミガラ、今では捨てられてしまっている足元の資源を再度活用しよう。
そして有機農業。化学肥料、農薬は使わない。化学物質は体によくない。食品の安全についての意識が高まってきて、有機農産物も10年前に比べればだいぶその地位を確立してきました。それにつれて食品への意識の高い人たちも増えてきました。でもその人たちの多くは、事故後、そうした高い意識をもっているからこそ福島の有機農産物から遠ざかっていってしまいました。

フクシマの事故を受けて、原発の事故処理費用を「発電コスト」に換算すると1.6円/kwhになるのだそうです。これは高いと思いますか。安いと思いますか。
こうして数字にすることは、これはこれで必要な試算かもしれません。でも実際は、そういう問題ではないのですね。所詮は数字の遊びであって、今起こっている問題の大きさ、今私たちが被っている辛さ気の重さは、1.6円云々という数字で表せるものではありません。この数字は、原発の被害を受けていない人のための数字でしかありません。

今週、ヒマラヤ山脈にたつ小さな国ブータンの国王が、我が国にお越しになるようです。ここ福島にもお見えになる予定とのこと。この国は、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを重視する「国民総幸福量(GNH)」を国家開発の柱とし、“幸福の国”として知られています。
国王が日本を福島をこの時期に訪れてくださるのはとてもうれしいのですが、そんなお国の人の目に、この国の今ある状況はどのように映るのでしょうか。それが恥ずかしくて、情けなくて。
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2011.11.06 *Sun

423(2011.11.6)

11月だというのに、ずいぶんと暖かいような気がします。先週は引っ越しの段取りをつけるために神戸へ単身乗り込んでいったのですが、彼の地では、日中は25℃を超える夏日。背中に汗をかきながらあちこち走り回っていました。夜行バスで会津に帰ってくると、朝は10℃の寒さ(といっても、これでも会津にしては暖かい朝です)、日中でも神戸の最低気温くらい。うーん、おかしい、何かがおかしい、と頭の片隅で考えながらの1週間でした。

ようやく、神戸での住居が決まりました。みなさんにはご心配をおかけしましたが、とりあえず次へのステップの確実な一歩を踏み出すことができます。神戸の連れ合いのご両親、ご親戚には大変お世話になり、またご面倒もおかけしました。今回の再移住に際しては、身内はもちろん、あらゆる人たちにいろんな面で力をお借りしていることを改めて感じています。幸い、お会いする人すべてが、いい人ばかりでありがたい限りです。
街暮らしは、人付き合いが難しい、とか人付き合いがないとか薄いとか言われます。でも街の中は街の中でそれなりに人付き合いがある、ということを意識してみると結構、これはこれでいい関係という気もします。
どこにいても私は、一人では生きていけない、みんなに生かされていると再認識しました。

ともあれ、住居の確定はあくまで新たな生活の第一歩であって、これから種々の生活再構築が始まり、そして最大の難関の仕事探しが終わらないと、安穏とはしていられないのです。今は、その仕事探し本番を前に、あとあと面倒なことになりそうなことを先に終わらせておく、ということに集中しています。そんなに急がなくてもと周りに思われたりもするのですが、私にとってはまだまだ先は長いと感じています。

こうして自分のことで精いっぱいになっている今この時でも、世間では大変気になるニュース、出来事が起こっています。原発などの身近なそして国内のことばかりでなく、海外でも遠いヨーロッパ、ご近所のアジア、その一つ一つの困難の中にどれだけの人が苦しみ困っているのかと、至らない思いを巡らせていると心が痛みます。

自分には有効な手立てを打てるだけのことはできないけれど、福島にいるうちにその痛み、苦しみ、無念を頭にたたきこみたいと思っています。10月30日福島市での反原発集会に参加してきました。
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2011.10.25 *Tue

422(2011.10.25)

近所でも大方、稲刈りが終わり、今はソバの収穫の真っ最中です。いつもだと、新そばに胸躍らせる時期なのですが、引っ越しの段取りに思いをめぐらせてばかりいたので、忘れてしまっていました。私たちの大切な結婚記念日もうっかり見過ごしてしまうところでした。偶然、長男が「かーか(お母さん)たちのケッコンキネンビっていつなの」と思いがけない質問をしてくれたおかげで、気づきましたが。

引越しに向けて荷物を整理している最中、そこでちょっとした難題が立ちはだかっております。それは今が旬のカメムシです。暖かい日中は窓のあたりを無数のカメムシが日向ぼっこをしています。夜は夜で明かりの周りをそれはそれは楽しそうに飛び回ったり、散歩したりしています。洗濯ものやちょっとカゴに仕舞っていただけの服に、張り付いていたりもしています。そうしたさまを目にするのも、相当不快なのですが、まあそうやって活発に動き回っているのは実はまだかわいいものなのです。

先日、造り付けの棚の奥にしまっておいたダンボールを整理しようと取り出したら、その裏に無数のカメムシがダンボールの裏側にはりついていました。これは実際に見たことがある人にしかわからないかもしれませんが、かなり衝撃的な瞬間なのです。多少は慣れている私でも思わずムムム、とうなってしまいました。もちろん棚の中にもそれまで静かにしていた連中がクモの子を散らすように逃げ回っています。
手に持っていたダンボールからはつぎつぎ部屋の中にカメムシが落下していくので、とにかくこれをなんとかせねばと、近くの窓から外に運び出しました。まだ早朝で家族が寝ていたので、掃除機で彼らを吸い取るのは今は堪忍してやりましたが、すぐにこの棚を閉め切って後日掃討作戦を展開する予定です。

さて、運び出したダンボールですが、運悪くフタはあいているし、中には封筒だの紙袋だのがたくさん入っており、カメさんたちの格好の隠れ家になっていました。
夜明けの薄暗いなかでちょっと中をみただけでもゲリラのようにかなりの数が潜んでいることがわかります。手間がかかりそうなので、椅子代わりのコンテナを庭にもってきてじっくり腰を据えて彼らの排除をはじめました。

領収書や手紙が入っている封筒を一つ一つ覗き込んで、潜んでいるヤツを放り出します。だいたい1つの封筒に平均3匹は付いてます。悪いことにファイルの冊子がダンボールに入っておりそのページをめくっていくとご丁寧に1ページに1つはくっついていました。くまなくはじき出すのに30分はかかりましたね。まあ幸い、中でつぶれたりしたヤツはいませんでしたし、どうやらこのダンボールだけが相当な被害があっただけで、そのほかは蓋がきっちり閉っていたので無事でした。
引越しで彼らまで連れていくわけにはいかないので、荷造りには細心の注意が必要です。ダンボールにしまったらすぐに蓋をして隙間にもガムテープを貼らないとそこから入ってきてしまいます。もちろん中身の荷物だってひとつひとつチェックしてから詰めなければなりません。どっかにカメムシ検出器売ってないかなあ。
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2011.10.18 *Tue

421(2011.10.18)

気が付いたら山の葉っぱは、だいぶ秋の色彩に変わってきていました。ときおりビューと吹く、強い北西の風に秋まっただ中を感じます。そしてこの北西の風が吹くたびに、この春のあの忌まわしい出来事を思い出してしまいます。

そろそろきちんと再移住先の住居を決めるために、何度か神戸へ足を運びました。先週は単身で2・3日いってきました。夜行バスで大阪に着くと、宝塚線に乗車。土曜の朝ということもあって、車内は空いておりあわてなくても座席は十分ありました。睡眠不足気味の頭で向かい側の座席の人たちを一瞥すると、無心で携帯電話をいじくっている人が何人もいます。

ご存じのとおり、私はケータイ、嫌いです。まあいろいろ理由はあるのですが昔はケータイを使う人のマナーの悪さでした。傍若無人にあたりかまわず大声でしゃべっている輩をみると、ああいうやつの仲間にはなりたくないと思ったものでした。
今はその点はだいぶ改善されたようで、今いる目の前の人たちはケータイでしゃべくっているということもありません。でも、他のイヤな点は、ケータイのもう一つの機能であるメール・WEBを扱っている時のその人の姿です。街中では普通の光景になっていますから、それほどおかしいと思う人もいないのかもしれませんが、私はケータイをいじくっている人の、あの猫背になった姿勢や顔の表情、なかでも目のなんともいえない虚ろな物悲しい感じがたまらなくイヤです。
中にはかっこよく使っている人もいるのですが、若い人も年寄りも、男も女も、その点についてはほとんどみんなおんなじようなブサイクな姿で必死にあの小さい画面を見つめながら黙々と親指を動かしているのです。私もこれからまた町暮らしをするのですから、必要に迫られて残念ながらケータイを持たねばならないかもしれませんが、アレはイヤだなと今からその点はかなり気持ちが暗いです。

さて、今、向かい側の席に座っている人は、数えてみると・・、この車両には16人いました。その中でケータイをいじっているのは・・、6人。本を読んでいる人が2人。寝ている人が1人。あ、また一人ケータイ出してきた。これで7人、とみていると(こういう実況をしているヒトも気持ち悪いね)、まあおおよそ3人に1人はこうしてケータイをいじっているようです。この傾向は快速列車に乗り換えても、他の路線でもだいたい同じだということが判りました。
今、目の前に座っているユースケサンタマリア似のあんちゃんは、スーツ姿で目の前20センチのところにケータイを構え、気持ちの悪い寄り目でさっきからずっと親指を動かし続けています。その隣の30代くらいの太った女性は、これまた眠そうな悲しい目でやや下向きにケータイを構え画面を見つめています。こんな朝早くから大袋に大量に詰められたマクドナルドのテークアウトを左手で押さえているのですが、その袋の液体モレを時折気にしながらなおも時折親指で操作しています。結局この二人は快速に乗り換えるまでの20分間、ずっとこの姿でした。
もっとも客観的に見れば、深夜バスに揺られ、無精ひげで寝グセ頭の田舎のおっちゃんの、私の方がずっと格好悪かったと思いますが。

2日ほど滞在して再び大阪発の深夜バスに乗るために同じ路線にのりました。客の数は来た時とだいたい同じくらい。例によってケータイ比率をさっと計算するとやはり3人に1人。目の前のカップルは二人でスマートホンをいじりながらなにやらいちゃいちゃしています。
車両の奥の方に目をやると、小太りの50代とおぼしきスキンヘッドの白人男性がなにやら手を動かしています。トランプカードを鮮やかにシャッフルしたり、扇形に広げたりと見事なカード捌きを誰に見せるとなく、ずっとやっているのです。ケータイをいじっている人をみているよりずっとおもしろいので、ちらちら見ていたのですが、他の人はケータイに夢中なのか無関心なのか、あるいは無視しているのかわかりませんが、彼を見る人はいません。スキンヘッドの目の前に座っている小さい子供を連れた家族だけが、それを面白そうに見ていました。やがてカードの山の一番上をめくってクラブの3であるのを見せてから、また元にもどして手をかざすと、またそのカードをひっくり返しました。ダイヤのクイーン。スキンヘッドは子供たちにマジックを披露していました。子供たちは大喜びで、彼はなおもマジックを続けています。
やがてちらちら見ている私に気づいたからなのか、やおら席を立地ち上がり私の目の前のカップルの傍らに立って、今度はコインを取り出してまた手品を始めました。右の手のひらのコインがなくなって、どこにいったのかと思ったら左というくらいのものなのですが、これまた誰に見せるとなくコインマジックをもくもくとやっています。ときおり、いちゃいちゃカップルに見せつけるように手元を動かしているのですが、ケータイとおしゃべりに夢中で全く気づかない様子。

私の偏見ですが、大阪という土地柄を考えると、こういうことには人々はもっと敏感に反応して面白がると思っていたのですが、誰一人として関心を寄せないのが却って気持ち悪い感じもしました。いつの間にか、世の中に目を向けなくなってしまっていたのでしょうか。そんな世間を変えようと、あのスキンヘッドはもくもくと1人マジックをあるいはしていたのかもしれません。

目的の大阪駅のホームに列車が滑り込むと、どうやら彼もここで降りるようでドアの前に立ちました。私も彼に続いて扉が開くのを待ちました。彼は目の前で両の手のひらをドアに向け、鮮やかな手つきで扉にマジックをかけています。やがてプシューと音がして見事にその扉は開きました。スキンヘッドは、まもなく梅田の雑踏にまぎれて見えなくなりました。

私は、少しだけ、この土地に住むのが楽しみになっていました。
CATEGORY : 近況

2011.10.14 *Fri

420(2011.10.14)

稲刈りシーズンはほぼ終わり、そろそろソバの刈り取りが始まりました。これが終わると、だいたい今年の会津の農業カレンダーは年越しになります。私も米の等級検査のアルバイトが始まり、少しですが忙しくなってきました。

昨日、福島県から「県民健康管理調査 基本調査 問診票」なる書類が送られてきました。放射線の県民への健康の影響を調べるためのものです。すでに報道などでこのようなことを実施することは聞いていましたが、原発事故から7か月もかかってようやく会津の住民に送られてきた、というわけです。
内容は3月11日から26日までの各個人の行動を時間単位で記録してもらいたい、というものです。また同時期に家庭菜園の野菜や飼っている牛の乳を飲んだか、水は何を飲んだか、安定ヨウ素剤を服用したか、などという質問もあります。
そんな昔の話、覚えているわけないとか、結局福島県民をモルモットとして研究対象にしようとしているとか、だいぶ批判もあるようです。良い方に考えれば、県のいうように不安の解消であるとか、将来万が一健康被害が出た場合の証拠書類にもなるとか、そうした面もあるでしょう。
説明文には回答は自由意志によるものであり、回答しなくても何ら不利益を被ることはない、ことが記されています。

さて、では我が家はどうするか。一応、東電への賠償請求用に当時の行動記録なども残しておいたので、おおよそのことは書くことができます。でもなんだか、これを書くのに抵抗感があるのはなぜなのでしょうか。
これだけの質問をする前に、国のいうことばかり聞いてないで、県独自の判断で避難範囲を広げておくとか、ヨウ素剤を配るとか県としてもっとやるべきこと、できたことがあったんじゃないの、という気がするのです。そもそもこのような事故が起こったときに、やるべきポイントをなんで普段からシミュレーションしてこなかったのか、という思いもあります。東電が、国がと責任を押し付けるばかりでなく、県としての判断が見えてこないのがとても歯がゆいです。補助金をもらい続けていたにもかかわらず、経済効果といういい面ばかりで、事故対応という負の面についてほとんど使ってこなかったのではないかと思うと、今さらながら残念です。

この問診票、2週間程度で返答せよとのこと。今は引っ越しのことで頭がいっぱいなのに、また余計な課題を与えられてしまいました。
CATEGORY : 近況

2011.10.03 *Mon

419(2011.10.3)

一雨ごとに寒さが厳しくなってきました。もう、毛布だけではねむれません。冬布団で寝てます。でも、このあったかい布団で雨の音を聞きながら寝坊するのがたまらないのです。
そろそろカメムシも出てくることになるでしょう。

町を車で走っていると、やたら「がんばろう福島 がんばろう東北」ののぼり旗が目につきます。同じデザインのものが多いので、どこかで作って配っているのでしょう。商工会かあるいは県などお役所の作ったもののようです。商工会にしろ、県にしろ、このようなのぼりを作るには、税金が「被災地復興支援」という名のもとに使われているのではないかと思うと、はたしてこのようなものが復興に必要なのかと私などは首をひねってしまいます。
町を走るトラックにも同じような文言が書かれているのがありますが、こちらはどうもトラック会社が独自に作っているようです。自動車会社なども独自に旗を作っています。こうした自費で作られてものはいいと思うのですが。

そんなことを考えたのは、先日行われた保育所の運動会でのことでした。保育所の職員は公務員ということになるのですが、彼女たち(男性職員も一人いらっしゃいますが)が全員「やまと魂」とロゴが染め抜かれたブルーのポロシャツを着ていたのです。このポロシャツは、やまと=山都とかけて町のお土産などとして販売されているものですが、彼女たちが着用しているものはやはりおそらく税金で賄われたものでしょう。

これも被災地復興支援関連の予算で喜多方市が買ってしまったのでしょう。

復興には一種の「気合い」も必要だとは思います。こうしてポロシャツが売れればそれなりに経済効果があることもわかります。

でも、こうした、いってみればどうでもいいようなことに国の財政が苦しいときに使うべきなのでしょうか。喜多方市では放射能の除染はほとんどなされていません。線量が低いので、関心が低いのかもしれませんが、ポロシャツ1枚、のぼり旗1枚買うお金があるのなら、除染の道具や人件費につかうべきなのではないのでしょうか。そうしたひたむきな努力が、無用の「風評被害」とやらを「除染」していくのはないかと思います。


さて、ちょっと話が変わって東電の賠償のこと。予想通り、原発から20キロ、30キロ圏内しか直接の賠償を出さないつもりのようです。農漁商工業についても、いわゆる「風評被害」については面倒みる姿勢は見せていますが、その線引き・費用算定の方法については、かなり厳しく査定するようです。
さらにご存じのように面倒くさい申請書と手引書を作って、申請そのものを断念させようとの魂胆もみえみえです。

いまの私についていえば、原発から100キロ以上離れていますし、今年の農産物の販売は取りやめていますから、今ある枠組みの中では賠償金をもらうことはおそらくできないでしょう。賠償金が欲しいから申請する、あるいはどうせ大してもらえないから申請しない、といろいろな考えがでるでしょうが、わたしとしては例え1円も支払われなくても福島県民はもちろん、茨城・宮城など被害を受けたと感じた人は全員、損害賠償を請求するべきだと思っています。
今、国が想定している損害賠償額は4.5兆円だそうです。この程度を損害だと認定するのは、私には甚だ不満です。今ある賠償の枠組みは、私も含めて原発の害を被ったもののすべての損害を含めていません。私でいえば、今回の避難費用や引っ越し費用、もちろん農業を廃業せざるを得なくなった損害だってあるわけです。もちろん、相当因果関係が認められなければ、法律的には賠償されないことはわかっています。また別にお金が欲しいわけでもありません。

東電や国に、今回の全損害が「たった」4兆円、5兆円だと思われるのが悔しいのです。実際はお金で買えられない価値(美しい自然が汚された、など)だってあるわけで、お金ですべて換算できないのですが、そこは無理にでもお金に置き換えて、総損害額というのを彼らに見せつけてやるべきなのではないかと私は思っています。
そして改めて原発の罪深さを、彼らに思い知らせてやりたいと思うのです。

そうはいっても、みんな賠償請求などしないでしょうが、私はとりあえずそれに向かって準備をしています。先日会津若松の街を走っていたら、賠償請求の事務所を見つけたので、今度いってみようと思います。

CATEGORY : 近況

2011.09.30 *Fri

418(2011.9.30)

今週は、涙がよくでました。

近所の方がお亡くになりました。ここに移住してきてから10年、初めてこのムラで不幸があったわけではありません。実は、このムラで何回もお葬式がありました。お葬式というのは、地方色が強く格好の題材なのですが、私はお葬式のことはほとんど触れてきませんでした。厳粛な行事ですから、軽々しく書くのはためらわれたのです。
この度亡くなられた方は、特に親交が深かったということではなかったのですが、とにかく普段から元気で何かと私たちに世話を焼いてくれたおじさんでした(世間でいうとおじいさんくらいの年齢ですが、まだまだ若々しい方でした)。本当に急に亡くなられて驚きました。
ムラの葬式でこれまで一度も私は涙を流したことはありません。今回も告別式で涙はでませんでした。でもご自宅から告別式が行われる葬祭場に向かう霊柩車が私の自宅の前を通りかかったとき、手を合わせてお送りし、車の後ろ姿にお辞儀した途端なぜか、涙が止まらなくなりました。

私がこちらに移住する前に、半年ほど農業研修でお世話になった農家からお手紙を頂戴しました。私から再移住を伝えるお手紙を出しており、それへの返信でした。近況には、息子さん夫婦が農業を引き継ぎ、規模もだいぶ拡大されて順調なことの喜びが伝わってきました。そして、今回の私の再移住については残念だけれど、あんたならきっと「何をしても務まる」、と力強い励ましの言葉をみてまた涙。

私の農産物を利用していただいてきたお客様からもお手紙をいただきました。ありがたくて涙。

別に普段から涙もろいわけではないのですが、これも歳のせいなのでしょうか。

さて、涙ついでにお知らせをひとつ。
このブログの親になっている、ホームページ「ねこのめ ねこのみみ」は開設してから今月でちょうど丸10年となります。再移住も決まりましたので、この機会にこのホームページの更新を今日で終えることにしました。長い間、お付き合いありがとうございました。トップページに少し文章を載せておきましたので、ヒマな時にお読みください。
「親」は休止になりますが、「子」である本ブログ「ねこみみの農的生活記」は、ここの借家のカギを返すまで更新するつもりですので、どうぞお付き合いください。
CATEGORY : 近況

2011.09.29 *Thu

417(2011.9.29)

晴天が続いたり、雨が続いたり、周期的に天気が変わる秋らしい季節になりました。今は稲刈りシーズンの真っ最中です。

我が家の稲刈りは先週末に終わりました。たった1日で終わってしまいました。というのも、いつものようにバインダーで刈って、天日干しをするのを今年は取りやめにしたからです。この方法だと長いままの稲わらが残ってしまいます。来年も田畑をやるなら使えるわらも、今年はただの邪魔者です。なので、稲刈りと同時にわらを細断してくれるコンバインでの稲刈りを近所にお願いしたのです。
たった2反5畝の田んぼは半日たらずで終了しました。おそらく人生最後の稲刈りはこうしてあっけなく終わりました。

そして再移住に際し最大の懸案であった農機具小屋の解体もようやく終わりました。今週の晴天続きを狙って一気にやってしまおうともくろんでいたのですが、ムラで不幸があったり、稲刈り中のコンバインのキャタピラーが外れたから手を貸してくれとか、ぬかるむ田んぼの稲刈りの手伝いをしてくれと、おもうように時間がとれなかったものの小屋の解体はその合間を縫って、すこしずつやっていました。明日から雨ということもあり、今日は馬力をかけて終わらせることができました。

近所の人が通るたびに、さみしくなるねえ、と声をかけてくれます。あんまり急いで壊すとさびしいからゆっくりやれという人もいました。でも、こういうことは早い方がいいのです。

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ここまでが小屋らしい形をした最後の姿です。ここから垂木をとってしまうと・・


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棟木だけになりました。


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棟を下ろすとただの箱です。


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梁を外すと、もう小屋の面影はありません。


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片方ずつ母屋木を倒すと・・

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解体終了です。おつかれさんでした。


小屋が解体されていくにつれ、この小屋を作っていたときのことをしみじみと思い出してしまいます。重い梁を手で持ってみると、よくこんなもの一人で上に揚げたなあと感心してしまいます。若かったんでしょう。

巨大プラモデル(ウッドモデル?)の組み立てと解体、実に楽しかった。
CATEGORY : 近況

2011.09.19 *Mon

416(2011.9.19)

このところの晴天続きで、稲穂もだいぶ色づいてきました。早い人は稲刈りを始めています。我が家も台風が過ぎれば刈り取りの時期に入るのではないかと思います。ちょっと倒れかけているので、台風の強い雨と風が少しでも逸れてほしいものです。

再移住のお知らせをしてから2週間ほどたちました。それ以前からムラのみなさんはじめ、特に関係の深い人たちには直にお伝えしてきました。みなさん、お世辞でも残念がっていただいてありがたい限りです。会津の人たちは放射能についてそれほど心配をしていないのではないかと思っていたのですが、思いのほか今回の原発事故には関心が高いと感じました。
放射能なんか心配ないヨ、と一人くらい言う人がいると想像していたのですが、みなさん一様に小さい子供がいるから心配だな、と優しく送り出してくれています。ムラのためによくやってくれた、と感謝してくださる方もいらっしゃいます。そして決まって、さみしくなるな、と最後にぽつりと言われるのがなんともつらいです。

私のホームページに書いた文章もいろんなところを経由して思ったよりたくさんの方に読まれてしまったようです。もともとこのホームページは会社勤めをしていた時にお世話になったごく近い人たちを意識して書いているので、隣近所の人たちに「読んだよ」と言われるとちょっと気恥ずかしいのですが。でも、考えていることがよくわかっていい文章だと(うまい文章という意味ではなく)、褒められました。
私としては、10年前に会津に移住したときにいろいろな人にお世話になったり、あるいは時にご迷惑をおかけしたという思いがありました。ですから、今回の再移住については、それなりに説明する必要があるだろうと考えてあのような文章を書いたのです。言葉は悪いですが、会津への移住についての「落とし前をつける」つもりだったのです。
ですから、「よくわかった」と言われるとそれだけで、書いた甲斐があったと思うのです。

再移住へ向けての準備も本格的に始まりました。まだ移住先までは決まっていませんが、ビニールハウスを片付けたり、農機具小屋を解体し始めたりしています。
ビニールハウスはうまい具合に使ってくれる人が見つかり、その人たちに解体を手伝っていただいたので、思いのほか早く畑がきれいになりました。
農機具小屋は、中に入っていたガラクタ類の片づけをし、小屋にいた7羽のニワトリさんは近くの養鶏農家の方に引き取っていただきました。ニワトリさんがいなくなったケージはなんともいえず、さびしいものでした。毎日エサをやったり、水を替えたり、卵をとるためとはいえ「面倒だなあ」と思うこともあったのですが、こうしていなくなってしまうと、急に心に冷たい風が吹き抜けたような感覚になりました。ニワトリを預けて帰ってきて、これから解体するケージをみて、おもわず「さみしいもんだな」とひとり呟いてしまいました。
そんな感傷もつかの間、小屋のトタン外し開始です。側壁のトタンを取るとかなり風景が変わります。そして屋根のトタンを外すと小屋はただの骨組みだけとなりました。

子供たちに、何で壊すの?と聞かれるのが一番つらい。

koya
CATEGORY : 近況

2011.09.11 *Sun

415(2011.9.11)

残暑厳しい日が続いています。晴天の昼下がりには、田んぼの上空を無数のトンボが乱舞しています。この景色が私はとても大好きです。

9月11日、ちょうど10年前のこの日、米国で大きなテロがありました。この日は、私たちがこちらに8月末に引っ越してきてその片付けやらなにやらで昼間は忙しく、夕飯でテレビをみながらビールを飲み、そのまま疲れて夫婦ともども座椅子で寝てしまっていました。
布団で寝ようと目覚めてみるとつけっぱなしのテレビがなにやら騒がしい。みればビルに飛行機が突っ込んでいます。最初は事故か何かかと思っていたのですが、2機目が突っ込んできました。この世の出来事とは思えず、ぼーとした頭で今かの国で起こっていることをなんとか理解しようとしていました。

この日から当時のNHKのワシントン支局長であった手嶋龍一氏が11日連続の現地報告をして、彼のジャーナリストとしての力量を改めて世間に印象つけました。彼は原稿に全く目を落とさず、いまある現地の状況をよどむことなく的確に私たちに伝えてくれました。
その後彼はフリーになり、外交を中心として示唆に富む見方を頻繁に目にすることができるようになりました。件の東日本大震災、そして原発事故についても彼はいくつかの興味深い洞察を披露してくれました。

そして今日は3月11日からちょうど半年目でもあります。その節目の日の朝の新聞の1面記事はなんとも残念なものでありました。経済産業大臣の辞任。理由はもうご存知でしょうから書きませんが、なんとも情けないことでした。

彼ら2人は、立場は違えどどちらも言葉が仕事の最大の道具です。が、2人が同じ日本語という共通言語を使ってモノを考え表現していることが信じられないくらい、その落差に愕然とします。
CATEGORY : 近況

2011.09.05 *Mon

414(2011.9.5)

暑い夏が終わり、9月に突入。二百十日を過ぎるとやはり台風がやってきました。心配なのは、稲が倒れないかということ。あまり降らないであまり吹かないで。

当地に移住してきて、8月末にちょうど丸10年となりました。農的生活をするためにやってきていろいろありましたが、あっという間でした。
その10年の節目に大切なお知らせがあります。

私たち家族は、この農的生活に今年限りで別れを告げ、再移住することとしました。次の住居はまだ決まっておりませんが、神戸になる予定です。
理由の一つは、やはり原発事故です。当地での放射線量は私の知る限りではかなり低く、直接的な問題は少ないと思うのですが、このまま農産物の販売を続けていくには先の見えない状態がしばらく続くのではと考え決断した次第です。もちろん、線量が低いとはいえ、子供たちの将来の健康への不安もあります。
こうした結末を迎えるにあたり残念という以外に言葉が見つかりませんが、今回の出来事がなくてもよそ者の私たちにとっては、いずれこういう日が来ることを予想していました。
逆に考えれば、今回のアクシデントは、次の新たな生活を始めるきっかけともいえるのです。

もちろん、忌まわしい原発事故を肯定するわけではなく、私たちのささやかな幸せで平和で心豊かな暮らしをどうしてくれるのか、という思いでいっぱいです。あの恐怖と不安で心ささくれ立たせた今年の春を決して許すわけにはいきません。その怒りを反原発の思いに変えて、ここで戦うことも一つの選択肢だったと思います。そうすべきだったのかもしれません。実際、この地に根を下ろしたIターンの仲間たちの多くはそうしています。
でも私は、そうした勇気と決意のない人間なので、都合よく逃げていくことにしたのです。

とはいえ、10年もこの地で暮らして、お世話になってきたのですから、こうした決断をするにはそれなりに悩んだことは間違いありません。そのあたりのことをお伝えするには、この紙面ではいささか小さいようです。少し私の思いを当時の日記風にまとめてみましたので、よろしければこちらをお読みください。無駄な文字が多いのですが、苦しい選択をせまられた当時の私たちの切ない気持ちが少しは感じてもらえるのではないかと思います。
CATEGORY : 近況

2011.08.26 *Fri

413(2011.8.25)

秋の梅雨でしょうか、このところ青い空をあまり見ていません。

先日、南会津の金山町に災害ボランティアでいってきました。7月末の福島・新潟豪雨の被害が大きかった地域の一つです。もうかれこれ1か月経とうとしていて、今さらとは思いましたが、まだ募集していたので遅ればせながら行ってまいりました。

金山町には今年夏に沼沢湖に泳ぎにいったくらいで、ほとんど行ったことはありませんでした。いってみると結構大きなというか、細長い町です。町が細長いというより、人が住んでいるところが川岸に集中していて、只見川とそれと並行して走る国道252号線に沿ってぽつんぽつんと集落があるのです。そして、発電用のダムの多いこと。帰って調べてみたら金山町だけで4カ所、発電出力は揚水も含めて60万キロワットもあるのです。でも今はすべての発電所は水害で停止中です。
私がお手伝いしたお宅は、その252号をだいぶさかのぼった集落にありました。行く途中の只見川は大水の傷跡がくっきりと残っていて、荒々しい岩肌が茶色くむき出しになっていました。当時最大水位になったと思われるところは樹木の葉っぱが枯れているので、一目でわかります。こんなところまで水が上がったのかと信じられないくらい、今は下の方を川が流れています。
お邪魔したお宅は、今の川岸から100メートル以上は離れていそうで、その間には畑や田んぼが広がっています。にもかかわらず、1階部分の半分くらいまで水が浸かったそうです。地下もあるのですが、もちろん水没です。もう1か月前の災害ですから、土砂は除かれ畳ははがされ、これから大工さんが入って工事をしてもらうのをまっている状態でした。私たちは水に浸かったボイラを囲っていた覆いを外したり、ふすまの泥を落としたりといったことを少ししました。
ボランティアといっても、災害直後はともかく今は大汗かいて仕事をすることはありません。1時間ごとに休みがあって、ほとんど仕事らしいことはしていないような気さえします。休憩時間には災害当日のお話が聞けました。テレビ新聞では報じられない避難の状況をお伺いしました。ダムが壊れるというデマが流れて、住民は右往左往したそうです。各戸に設置された防災無線もほとんど役に立たなかったようです(新潟中越地震で我が家のある地域が停電したとき、防災無線から何も放送されなかったのと同じような話)。
私にとってはほとんど話を聞きにいったような1日で、こんなんでいいのかな、と思いました。受け入れるお宅にとっては、大人数でないとできないこと、高齢でできないこと、そしてなにより頼れる人がいる、話を聞いてくれる人がいる、ということに意味があるのかもしれません。

外から被害を眺めるのでなく、中で真実を知る、という意味でも災害ボランティアにいく価値はあると思いました。といっても物見遊山ではいけませんが。


CATEGORY : 近況

2011.08.22 *Mon

412(2011.8.22)

お盆も終わり。子供たち3人を相手にしての休みは正直なところきつい。どこかに連れて行けばいいのでしょうが、小学校2年から2歳児までが同じように楽しめるところというのはなかなかないのです。夜に花火をしたり、庭で水遊びをさせるのが一番経済的かつ親も気楽です。

そのお盆を過ぎたら、暑い夏も終わってしまいました。一転、雨の日は半ズボンでは寒いくらいになりました。さびしいですが、これが季節の移り変わりというものでしょう。

先日、福島地裁会津若松支部の側溝の汚泥から1kgあたり約18万6千ベクレルの放射性セシウムが検出された、と地裁が発表しました。会津若松もホットスポットか、あわててしまいそうですが、この手の報道には少し一息おいて接した方がいいように思います。
なにも、これは大したことではない、騒ぐべきではない、と過小評価しようとしているわけでは決してありません。

稲わらの放射能汚染でもあったように、薄くばらまかれた放射性物質は人の手や風雨などで特定の箇所に集まれば、高濃度の放射能が検出されることはありうることです。濃度が高いというのはとても問題なのですが、さらに注目すべきは、この汚染物質(今回の場合は汚泥)がどのくらいの量存在するのか、ということだと思います。今回の発表はあくまで「1kgあたり約18万6千ベクレルの放射性セシウムが検出された」といっているだけで、その汚泥が一体何キログラムくらいありそうなのか、ということがどの報道を見ても載っていません。極端な話、その汚泥が1グラムしか存在しなければ、186ベクレルしかないことになります(「しか」、という表現が正しいかわかりませんが)。もちろんこれが何十キロもあればそれなりに問題は大きくなりますが、それとてその何十キロ全体が高濃度に汚染されているのか、その表面だけなのか、ということもとても大切なことです。

同様に最近、新潟のガソリンスタンドの側溝から9千ベクレル/kgといったように、すわホットスポットかとあおるかのような報道が盛んにされていますが、それがどのくらいの「量」あるのかきちんと教えてほしいものです。そうでないと、大きな数字だけが独り歩きして、一体どこにどれだけの危険が潜んでいるのか、実態がわからなくなってしまいます。
一方、下水処理施設で焼却汚泥から1万5千ベクレル/kg出た、ということであれば、感覚的にこれは量的にかなり多いでしょうし、おおよそ全体の濃度もおしなべて高いと想像できます。
測った汚染物が何であったか、それがどのような状態で存在していたのか、によって数字はいかようにもなるので、できるだけ全体の量もわかるようにしてほしいし、そのような報道を見たときにはそちらにも注意を向けた方がいいのではないでしょうか。

それにしても、このばらまかれた放射性物質の始末は大変です。量も範囲も膨大で、人体への影響も計り知れません。しかしながら、この後始末について当の東京電力も、政府もはっきりとした方法をまだ決めていません。その間にも自治体や市民は普通の天災の後始末のように自主的にとりあえず自分たちに害が及ばないように除染をしています。
でもいうまでもなく、これは大変おかしなことです。今の東電と政府の姿勢をみていると、原発本体の事故対応は東電、拡散した放射能の始末は行政(国、県、自治体)という役割分担になっているようにも見えます。でも排出者はあくまで東電ですから、もっと東電は除染に積極的に関与してもらわないといけないのです。とりあえず今は東電だけでは手が回らないから、行政にお願いしているというのならわかります。でもそんな気配、ないですね。

今回放出された放射性物質は、いってみれば産業廃棄物であって、それを全国にあまねく不法に投棄してしまったのですから、その回収責任は東電にあるのです(ただし、東電の言い分としては、不法投棄の責任は当事者に過失がなければ問われないので、「天災」である今回の事故では責任なしといいたいのでしょうが)。それを行政や市民が自らの費用負担で行わなければならないのは、おかしいです。
自治体で処理します、といったってその原資は私たちの税金ですから、結局その費用は私たちの負担(しかも本来の業務に時間を割くべき職員のマンパワーもそぎ取られて行政サービスも低下)。そして、その一部は赤字国債によって賄われているのですから、私たちの子孫にまで重い負担を強いることになってしまいます。
仮にこの費用は最終的に全額東電で負担、ということになったとしても、結局電力料金に上乗せされる(東京電力管内だけでなく、どの電力会社でも関係なく)のですから、やはり国民負担には変わりありません。

いよいよ原発の社会的費用という面からも、本格的に早急に見直しをすべき時と思うのですが、そういう雰囲気も残念ながらないですね。今や競馬程度の注目しか集められない政権党の党首選が近々あるようですが、そこですら脱原発の議論もされていません(というより、脱原発の候補者がでていないのでしょうか)。

また次のデモ、いつ行こうか考え始めました。
CATEGORY : 近況

2011.08.15 *Mon

411(2011.8.15)

1週間更新をさぼっていたら、お盆になっていました。しかも2週間前の涼しさもウソのような猛烈な暑さ。暑いのは嫌いですが、やはりこの時期はこのくらいでないと夏という感じがしませんね。

今年のお盆前に連れ合いの神戸の実家にお世話になってきました。いつもだと夏野菜の収穫が毎日あるので、夏は1泊もできないのですが、今年は特別。あらかじめキュウリなどは小さい実までとっておきました。これでも4日後に帰ってきたときにバケもののような大きさのキュウリがぶら下がっているような気がしますが、少しはいいでしょう。
10時間かけて神戸に到着すると思ったより涼しくてちょっとほっとしました。でもその後の2日は本格的な暑さ。クーラーをつけたくなる熱帯夜でした。
でも子供たちは大喜び。アニメの映画に連れていってもらったり、本を買ってもらったり。1日は上の子2人と神戸港の湾内クルーズの船にのってきました。子供たちにとっては初めての船。少々船酔いしたようですが、まじかに見る大きな錨や船、空港、船着き場でつりをしている人が大物を引き上げているところをみて大喜びでした。

あっという間の滞在を終え、会津に戻ってくると夜の涼しさにほっとしました。
夕方に帰ってきて、キュウリ畑にいくと、普段の2倍くらいの大きさの実があちこちにぶら下がっていました。キュウリの成長はやっぱり早いです。
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2011.08.02 *Tue

410(2011.8.2)

早いものでもう8月です。相変わらず涼しい毎日です。夜は毛布が手放せません。

それにしても、福島・新潟を襲った大雨は大変でした。我が家は全く被害はなかったのですが、町の土地の低い場所ではだいぶ川の水が入ってきていました。山都の米の大産地の地区では軒並み、田んぼに水を送るポンプ場が浸水し、しばらく水をあげられなくなりました。
また田んぼや畑にも水がかぶってしまった地域もありました。現場の近くを通ったら、遠くにあったビニールハウスが高さの半分くらいまで水につかっていました。周りにあった田んぼの稲は全く見えません。幸い、穂が出る前でしたから、病気を出さないように農薬散布などをすればなんとか収穫にはなるようです。

山都より西や南よりにある地域ではさらに被害は大きかったようです。先日子どもを連れて遊びにいった金山町では、道路が大きく崩れたそうです。テレビの映像でこの間車で通った覚えのある景色が映っていました。
震災で比較的被害のすくなかった会津で、今度は水害。今年は福島にとってとんだ当たり年になってしまいました。これからは福島にとって素晴らしいことが訪れるように願わずにはいられません。

今年の夏はいつもよりヒマなこともあって、子供たちとあちこち遊びに行っています。沼沢湖もその一環でした。先日は郡山のスペースパーク(科学館)へいってきました。この時期に郡山?と言われそうですが、スペースパークは地上23階建ての22・23階にあるので、放射線量はそれほど高くないと思っていきました。駅ビルともつながっているので、外を歩くこともほとんどありません。
目的は毎度おなじみ、惑星探査機の「はやぶさ」の展示です。イトカワの砂を採取した帰還カプセルの本物がくるというのでいってきました。東京などでこの春に展示もされていたのですが、残念ながら見に行くチャンスがありませんでした。ほとんど子供のことはほったらかしみたいですが、いいのです。
郡山までは列車でいくつもりだったのですが、降り始めた大雨で大遅延。でも行くのをやめるという選択肢はありません。家に戻って被災者証明書を握りしめて、磐越自動車道に飛び乗りました。
はやぶさの展示は、20分ごとに最大100名までみることができるようになっていました。事前に整理券をとっていったのですが、平日ということもあって50人くらいしか私たちの回はいませんでした。5分くらいまえに集合場所にいくと、いるのは年配の人ばかり。残念ながら子供は数えるほどです(この企画は夏休み狙いなのですが)。
定刻に展示室へみんなで移動して、実物との対面(ちなみに展示室の放射線量は0.1マイクロシーベルト/hだそうです)。バスケットボールほどの、拍子抜けするくらい小さいそのカプセルは外を覆っている殻を外して、内部が見られるように展示されていました。ALSOKの警備員が5人くらいで守っていて、意外と厳重に管理されています。もちろん触ることなんてできません。
黒焦げになった背面ヒートシールドが大気圏突入の高熱を物語っています(もっと黒焦げになっている前面ヒートシールドは残念ながらレプリカでした)。砂が入っていた容器を収納するインスツルメントモジュールは7年の長旅を感じさせないまったくのきれいな状態で帰還しています。
せっかく説明してくれているのですが、我が子たちはあちこちちょろちょろして気が気ではありません。挙句の果てに一番聞きたいインスツルメントモジュールの説明の直前に2番目が「おしっこー」と言い始め、仕方なく一旦退席。戻ってきて10分くらい自由に展示物を見る時間があったのですが、あまりに実物が小さいので関心がないのか、我が子たちは見向きもしません。係りの女性がすごいでしょーと一生懸命説明してくれるのですが、「うーん」と首をかしげるばかり。
まあ、いってみれば月の石みたいなものなので、子供にはわからないよね。いつか大きくなってから、「子供の時、はやぶさの本物を見に行ったんだよ」と話をする日がくるのかもしれませんね。
CATEGORY : 近況

2011.07.26 *Tue

409(2011.7.26)

ようやく少し雨が降りました。これから先の予報に徐々に雨マークが優勢になってきました。このまま暑くならず夏は終わるのでは、とちょっと不安になったりもします。

そろそろ夏野菜も実が本格的についてきました。大地の会への出荷が今週から始まるので、なんとか間に合いました。この大地の会への出荷に先立ち、ジャガイモとタマネギの放射能検査を同社にしてもらいました。結果は検出限界値以下(限界値5ベクレル/kg)とのこと。すでに近隣で独自に検査をしていた農家もいて、そちらでも検出されていないようなので、このあたりでの野菜についてはそれほど心配はいらないようです。
いままで不安になりながら、我が家の野菜を家族で食べていたのですが、なんだか少しほっとしました。自分のところで栽培したものに疑心暗鬼にならなければならないというのは悲しいことでしたが。

一方、喜多方の稲わらからセシウムが出たことについて、余波があったようです。あの報道から野菜の市場価格が下がったそうです。稲わらと野菜の関係は?
野菜を栽培するのに、稲わらがよくつかわれます。積んで堆肥にしたり、作物の根元に敷いて乾燥や草の発生を抑えたり。また牛に食べさせてその糞を堆肥として活用もしています。私も前回書きました通り、敷きワラやワラ堆肥(今年は牛糞堆肥は使っていませんが)として活用しているわけですが、どうもこのことが原因のようです。このあたりでの主要農産物はグリーンアスパラガスとニラなのですが、その作物の根元にも暑さ対策と防草のために稲わらがよく利用されます。セシウムが付着している稲わらが作物のすぐそばで使われている、だからその野菜も危ない、ということのようです。
また牛糞堆肥からの汚染ということも考えられなくはありません。

さっそく、福島県は屋外保管の稲わらを牛だけでなく、田畑にも使わないよう通知を始めました。また牛糞堆肥も同様、当面使わない、譲らない譲り受けないよう呼びかけています。
残念ながら、ことは牛だけにとどまらず、畑の作物にまで影響がでてしまいました。牛に使うワラ同様、畑に使うワラも田んぼで4本足のまま冬を越したものもあったかもしれません。これを積んで堆肥にしたものは使用を控えた方がいいかもしれませんが、敷きわらにするくらいなら、会津地方ではそれほど心配はないようにも思います。これを問題にするなら、すでに土壌に降り積もった放射能にもっと大騒ぎしてほしいところです。もちろん、秋のうちに取り込んだワラや野外でも山積みしてあったものであれば、なおさら心配は少ないでしょう。
実際、これまで県は出荷農産物について放射能検査もしていて、喜多方の野菜からは検出されていません。
我が家もすでに屋外保管の積みワラを使ってしまっているクチなのですが、5月に表面線量を測ってもらって土壌と変らない値であることが判ったので使いました。一番外側のワラには土壌表面と同レベル(0.14マイクロシーベルト/h)の放射能が付着しているでしょうが、その下にある大部分はさらに低いと判断して使いました。幸い、3つあるワラの山のうち1つには秋からブルーシートをかけてあったので、そちらは安心して使っています。

県の通知は遅きに失したとはいえ、とりあえず今は、このように一律に使うなと指導をすることはやむを得ないのかもしれません。実態としては、会津地方では野菜についてそれほど心配なしと私は思っているのですが、用心するに越したことはありません。
今年の秋に田んぼに入れるつもりで、田んぼのわきに昨年の稲ワラを積んだものがあるのですが、この通知で当分使うことはできなくなりなりました。

でもこういう指導をするならついでに、今年の一番草(春一番に刈った草)や震災後に落ち葉を集めて作った堆肥が残っていたらそれも使うな、ということもいうべきではないかと思います。
CATEGORY : 近況

2011.07.21 *Thu

408(2011.7.21)

先週の暑さはなんだったのか、と思うくらい涼しくなりました。ちょうどお盆を過ぎた後の初秋のようです。

あまりもう原発がらみの話は書きたくないのですが、いろんな人と話をしているとだいぶ誤解というかイメージ先行で伝わっているような気がしているので、余計なことかと思いますが、書いておきます。

流通している牛肉から規制値以上のセシウムが検出されたことについて、肉牛に食べさせた稲ワラが原因であることが判明しました。その稲ワラは昨年のもので、原発事故後も田んぼで「保管されていた」ものであったということ。またその稲ワラは、原発から100kmも離れたここ喜多方や宮城県でもかなりの濃度でセシウムに汚染されていたとのこと。

かなり広範囲に放射性物質が拡散したことが分かりますし、今回の事故が深刻であったことの証左でもあります。けれどもこれだけみると、比較的影響が少ないとされてきた福島の会津地方や宮城県でも相当汚染されているとか、ホットスポット的に放射能の濃度が高いところがあったのか、と思われがちです。実際、ひょっとするとそういうことがあるのかもしれませんが、私はその可能性は低いと思います。
喜多方の例で報道をよく調べてみると、どうもこういうことのようです。
前年の秋に収穫された水稲のワラを酪農家は牛のエサとして使うのですが、通常はその秋のうちに田んぼで天日に干してから集めて、雨が当たらないように保管します。よく白いビニールにラップされた巨大な酒樽のような状態になっているものを見たことがあるかと思いますが、あのように機械で丸めてしまうのが一般的です。でも会津では秋は雨が多いからか機械で丸めないで、ワラを束ねたまま保管するところが多いようです
どちらの方法でも、よく干してからでないと保管中に水分で腐って(発酵)してしまうので、とにかくカラカラに乾燥させる必要があります。束ねたままで保管する場合は、稲をコンバインで刈り取る際、通常の農家がやるようにワラを細断してしまわず、長いままでヒモで縛って束ねていきます(もちろんこの作業は機械がやります)。コンバインの通った跡には、昔の稲刈りのように束ねた稲ワラが、田んぼにたくさん転がった状態になるわけです。田んぼに転がったままではワラは乾かないので、4束を1組にして縄で縛って4本足で立たせるようにします(この作業は人の手)。
こうして立てておいて乾いたら晴天の日に取り込んで仕舞っておくわけです。
ところが、昨年秋は雨が続き、乾燥しきらないうちに雪が降ってしまいました。4本足は雪の下で越冬しました。3月に放射性物質が喜多方にもうっすらと降ってきました。雪が解けて、ワラが乾いたところで、酪農家はそのワラを回収して牛に与えた、ということのようです。
稲ワラに降った放射性物質は量的にはうっすらだったのですが、干してあったすべてのワラに付着したので、集められたワラには結果的に規制値を超える量のセシウムが検出されたのです。これが、もし秋のうちに集められて山積みになっていれば、例え屋外に野ざらしになっていても、その山の表面だけがうっすら汚染されるだけで、ワラ全体としてはそれほどの高濃度汚染にはならなかったはずです。白いビニールでラップされていれば、なおさら汚染などなかったはずです。
多くの報道では冬の間田んぼで「保管されていた」ワラが汚染された、と表現していたので、普通のひとはこのビニールラップされた状態のものが汚染されたのかと勘違いするでしょう(実際、そのラップされたワラがテレビの映像に出てくるので、なおさらそう思い込んでしまう)。この状態のものが規制値を超えるほど汚染されることなど、ものすごい量の放射能が飛んでこないとあり得ないのです。実際は田んぼで「薄く広げられて野ざらしにされていた」と表現するのが正しいのです。

このように、うっすらと汚染されたものを1カ所に集めたら放射能の濃度が高くなるという原理は、5月に近所の人に放射線の計測器でうちの周りを測ってもらったときに知ったことです。震災後に落ち葉を集めて堆肥にしようとしたところ、その堆肥から高い放射線がでていたそうです。それを聞いて、昨秋のうちに山積みにして野ざらしにした我が家のワラの堆肥を測ってもらったのですが、ここからは高い放射線はでていませんでした。また今年一番に刈った草をまとめておいたところから高い放射線がでていました。
この結果をみて、私は例年のように刈り草を集めて堆肥にしたり、畑に敷いたりすることはせず、積んでいたワラで代用することにしました。

汚染ワラを使ってしまった酪農家には気の毒ですが、もしこのような原理を知っていれば、国や県からの注意喚起の文書をみていなくても、あるいは防げたかもしれません。そしてこれほどまでに稲ワラが悪者扱いになることもなかったはずです。この事件が起こったことで、会津の多くの米農家は水稲そのものが汚染されていると疑われかねないと、収穫を前にとても心配しているのです。

このように低濃度汚染されたものが集積されて害を及ぼすことは、牛のえさのワラだけなのでしょうか。
春一番の刈り草をせっせと堆肥にしている農家を今年もよく見かけました。子供たちが通う保育所の草刈りをしたとき、その刈り草を堆肥にするといって大事に持って帰った方もいました。
刈り草をただ捨てるのではなく、活用すること自体はとてもいいことなのですが、今回の事故後に限ってはその善行がかえってアダになることもあり得ます。ここ会津は比較的汚染が低いと言われており、油断している人も多いのですが、まだあちこちに落とし穴があるような気がしてなりません。
CATEGORY : 近況

2011.07.19 *Tue

407(2011.7.19)

梅雨明けから雨がほとんど降っていません。そして暑いです。37度を超えた日もありました。夜が涼しいのがまだ救いです。

あんまり暑いので、もう朝しか仕事してません。我が家で一番涼しい倉庫で昼寝しています。
なにもやらないのもなんなので、カモ用の電線を支えるガイシを洗ったりしています。いつもは忙しいので、真冬に洗ったりしていたのですが。

子供たちの3連休は、久しぶりにたっぷり遊びました。毎日庭で水遊び。1日は会津南部にある沼沢湖に湖水浴に行ってきました。子供が遊ぶのにちょうどいい深さで、水もほどよく冷たく、魚も泳いでいて子供たちは大喜び。大人の方が先に疲れて、かき氷を食べようと言い訳して引き上げてきました。
帰ってきて庭でバーベキューして、打ち上げ花火。

ようやく足のケガが治った一番上の子とキャッチボール。まだワンバウンドキャッチボールですが、おもったより上手になっていたのにびっくりしました。子供たち3人ど野球やサッカーが早くできるようになれたらいいですね。
CATEGORY : 近況

2011.07.11 *Mon

406(2011.7.11-2)

予想通り、東北も梅雨明けです。暑いのと、バリウムの下剤で体調が悪くて外に出られないので、今日2つ目の更新です。

定期検査中の原発再開に向けて、政府がいわゆるストレステストを行うことになりました。内容は私のような素人にはわかりにくいのですが、要するにコンピュータでシミュレーションを行うということのようです。そこで大きな地震や津波などでどの程度原発が耐えられるのか(要するに究極的には放射能モレを起こさないということだと理解していいと思います)をテストしてみようということです。

これはまたとても国民に分かりにくいものを提示してしまいました。シミュレーションというのはそのモデルの作り方と前提条件(どのくらい大きな地震を想定するか)によっていくらでも結果が変わってしまいます。しかもそのモデルにしても前提条件についてもかなりの専門家でないとその妥当性がわからないのです。
ですから、その結果が純学術的なものなのか、政治的なものなのかの判断がつかないということになります。それによって国民の合理的な判断というよりは、テスト結果を使って原発を動かしたい人、動かしたくない人言い争いをしなんだかわからない力関係によって実際の運転がなされるか判断されることになります。このストレステストをしても客観的に説得力のある検証にはなりえないと思います。

また原子力発電所というのはとても複雑なプラントです。原子炉だけが壊れなければ「安全」というわけではありません。原子炉を健全に運転するための冷却用のポンプや配管、制御装置など数えきれない装置・配管があります。緊急用の電力を供給する非常用ディーゼル発電機一つとったって、ディーゼル発電機だけでは動きません。起動用のエアコンプレッサ、潤滑油供給装置、それを冷やす冷却装置、もちろん燃料タンクだって壊れたら動かすことはできません。こうした非常に複雑な装置群をコンピュータのシミュレーションだけで完全に健全性を確認することなどとても不可能だと思います。
先ほどテレビで、ある政治家がこのストレステストについてこんなたとえをしていました。100人乗っても大丈夫なように設計してある鉄橋に120人、130人乗っても大丈夫かどうかを調べるのだ、といっていました。鉄橋もそれほど単純な設備ではないでしょうが、原発はその比ではありません。そんな簡単な例を出してしまってはますます国民は誤解してしまいます。

もし本気でおやりになるのでしたら、ひとつ提案があります。もちろん採択はされないでしょうが、このストレステストの正しさを証明する一つの方法として考えられるのではないでしょうか。
それは、まず福島第一と第二、女川について、今回の地震とそれによって発生した津波を前提条件にしてこのテストをしてみることです。何言ってんの、福島第一はもう壊れてるからテストできないんじゃないの、と言われそうですが、これはあくまでコンピュータ上のシミュレーションですから、これはできるはずです。
この結果、ちゃんと今回と同じ経緯をたどることを結果として確認できればいいのです。ついでに浜岡でもやってみて「やっぱり危険だなあ」と思わせるだけの結果がでれば上出来です。これを使って、玄海なり伊方なりやってみますよーといえば、それなりに説得力があるかもしれません。
といっても、最初にいったようにそういう結果がでるようにモデルを作ってしまったらどうしようもないですが。

でもそんなことよりも、そこまでして原発を稼働しなければならなのかどうか、とりあえず今ある全国の休止中の火力発電所や民間の自家発電の余剰電力をどこまで使えるか「シミュレーション」してもらいたいと思います。もちろん、火力で賄うことができたとしてもいつまでも火力に頼っているわけにはいきません。できるだけ自然エネルギーへの転換するよう今からでも考えていくべきでしょう。

CATEGORY : 近況

プロフィール

nekomimi

Author:nekomimi
2001年夏に東京の会社を辞め、農業を中心とする生活をするため福島県会津地方へ移住。
連れ合いと3人の息子、犬のもも、ネコのリンと賑やかな田舎暮らしをしています。

URL ねこのめ ねこのみみ



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