This Archive : 2011年09月

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2011.09.30 *Fri

418(2011.9.30)

今週は、涙がよくでました。

近所の方がお亡くになりました。ここに移住してきてから10年、初めてこのムラで不幸があったわけではありません。実は、このムラで何回もお葬式がありました。お葬式というのは、地方色が強く格好の題材なのですが、私はお葬式のことはほとんど触れてきませんでした。厳粛な行事ですから、軽々しく書くのはためらわれたのです。
この度亡くなられた方は、特に親交が深かったということではなかったのですが、とにかく普段から元気で何かと私たちに世話を焼いてくれたおじさんでした(世間でいうとおじいさんくらいの年齢ですが、まだまだ若々しい方でした)。本当に急に亡くなられて驚きました。
ムラの葬式でこれまで一度も私は涙を流したことはありません。今回も告別式で涙はでませんでした。でもご自宅から告別式が行われる葬祭場に向かう霊柩車が私の自宅の前を通りかかったとき、手を合わせてお送りし、車の後ろ姿にお辞儀した途端なぜか、涙が止まらなくなりました。

私がこちらに移住する前に、半年ほど農業研修でお世話になった農家からお手紙を頂戴しました。私から再移住を伝えるお手紙を出しており、それへの返信でした。近況には、息子さん夫婦が農業を引き継ぎ、規模もだいぶ拡大されて順調なことの喜びが伝わってきました。そして、今回の私の再移住については残念だけれど、あんたならきっと「何をしても務まる」、と力強い励ましの言葉をみてまた涙。

私の農産物を利用していただいてきたお客様からもお手紙をいただきました。ありがたくて涙。

別に普段から涙もろいわけではないのですが、これも歳のせいなのでしょうか。

さて、涙ついでにお知らせをひとつ。
このブログの親になっている、ホームページ「ねこのめ ねこのみみ」は開設してから今月でちょうど丸10年となります。再移住も決まりましたので、この機会にこのホームページの更新を今日で終えることにしました。長い間、お付き合いありがとうございました。トップページに少し文章を載せておきましたので、ヒマな時にお読みください。
「親」は休止になりますが、「子」である本ブログ「ねこみみの農的生活記」は、ここの借家のカギを返すまで更新するつもりですので、どうぞお付き合いください。
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CATEGORY : 近況

2011.09.29 *Thu

417(2011.9.29)

晴天が続いたり、雨が続いたり、周期的に天気が変わる秋らしい季節になりました。今は稲刈りシーズンの真っ最中です。

我が家の稲刈りは先週末に終わりました。たった1日で終わってしまいました。というのも、いつものようにバインダーで刈って、天日干しをするのを今年は取りやめにしたからです。この方法だと長いままの稲わらが残ってしまいます。来年も田畑をやるなら使えるわらも、今年はただの邪魔者です。なので、稲刈りと同時にわらを細断してくれるコンバインでの稲刈りを近所にお願いしたのです。
たった2反5畝の田んぼは半日たらずで終了しました。おそらく人生最後の稲刈りはこうしてあっけなく終わりました。

そして再移住に際し最大の懸案であった農機具小屋の解体もようやく終わりました。今週の晴天続きを狙って一気にやってしまおうともくろんでいたのですが、ムラで不幸があったり、稲刈り中のコンバインのキャタピラーが外れたから手を貸してくれとか、ぬかるむ田んぼの稲刈りの手伝いをしてくれと、おもうように時間がとれなかったものの小屋の解体はその合間を縫って、すこしずつやっていました。明日から雨ということもあり、今日は馬力をかけて終わらせることができました。

近所の人が通るたびに、さみしくなるねえ、と声をかけてくれます。あんまり急いで壊すとさびしいからゆっくりやれという人もいました。でも、こういうことは早い方がいいのです。

koya1

ここまでが小屋らしい形をした最後の姿です。ここから垂木をとってしまうと・・


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棟木だけになりました。


koya3

棟を下ろすとただの箱です。


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梁を外すと、もう小屋の面影はありません。


koya5

片方ずつ母屋木を倒すと・・

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解体終了です。おつかれさんでした。


小屋が解体されていくにつれ、この小屋を作っていたときのことをしみじみと思い出してしまいます。重い梁を手で持ってみると、よくこんなもの一人で上に揚げたなあと感心してしまいます。若かったんでしょう。

巨大プラモデル(ウッドモデル?)の組み立てと解体、実に楽しかった。
CATEGORY : 近況

2011.09.19 *Mon

416(2011.9.19)

このところの晴天続きで、稲穂もだいぶ色づいてきました。早い人は稲刈りを始めています。我が家も台風が過ぎれば刈り取りの時期に入るのではないかと思います。ちょっと倒れかけているので、台風の強い雨と風が少しでも逸れてほしいものです。

再移住のお知らせをしてから2週間ほどたちました。それ以前からムラのみなさんはじめ、特に関係の深い人たちには直にお伝えしてきました。みなさん、お世辞でも残念がっていただいてありがたい限りです。会津の人たちは放射能についてそれほど心配をしていないのではないかと思っていたのですが、思いのほか今回の原発事故には関心が高いと感じました。
放射能なんか心配ないヨ、と一人くらい言う人がいると想像していたのですが、みなさん一様に小さい子供がいるから心配だな、と優しく送り出してくれています。ムラのためによくやってくれた、と感謝してくださる方もいらっしゃいます。そして決まって、さみしくなるな、と最後にぽつりと言われるのがなんともつらいです。

私のホームページに書いた文章もいろんなところを経由して思ったよりたくさんの方に読まれてしまったようです。もともとこのホームページは会社勤めをしていた時にお世話になったごく近い人たちを意識して書いているので、隣近所の人たちに「読んだよ」と言われるとちょっと気恥ずかしいのですが。でも、考えていることがよくわかっていい文章だと(うまい文章という意味ではなく)、褒められました。
私としては、10年前に会津に移住したときにいろいろな人にお世話になったり、あるいは時にご迷惑をおかけしたという思いがありました。ですから、今回の再移住については、それなりに説明する必要があるだろうと考えてあのような文章を書いたのです。言葉は悪いですが、会津への移住についての「落とし前をつける」つもりだったのです。
ですから、「よくわかった」と言われるとそれだけで、書いた甲斐があったと思うのです。

再移住へ向けての準備も本格的に始まりました。まだ移住先までは決まっていませんが、ビニールハウスを片付けたり、農機具小屋を解体し始めたりしています。
ビニールハウスはうまい具合に使ってくれる人が見つかり、その人たちに解体を手伝っていただいたので、思いのほか早く畑がきれいになりました。
農機具小屋は、中に入っていたガラクタ類の片づけをし、小屋にいた7羽のニワトリさんは近くの養鶏農家の方に引き取っていただきました。ニワトリさんがいなくなったケージはなんともいえず、さびしいものでした。毎日エサをやったり、水を替えたり、卵をとるためとはいえ「面倒だなあ」と思うこともあったのですが、こうしていなくなってしまうと、急に心に冷たい風が吹き抜けたような感覚になりました。ニワトリを預けて帰ってきて、これから解体するケージをみて、おもわず「さみしいもんだな」とひとり呟いてしまいました。
そんな感傷もつかの間、小屋のトタン外し開始です。側壁のトタンを取るとかなり風景が変わります。そして屋根のトタンを外すと小屋はただの骨組みだけとなりました。

子供たちに、何で壊すの?と聞かれるのが一番つらい。

koya
CATEGORY : 近況

2011.09.11 *Sun

415(2011.9.11)

残暑厳しい日が続いています。晴天の昼下がりには、田んぼの上空を無数のトンボが乱舞しています。この景色が私はとても大好きです。

9月11日、ちょうど10年前のこの日、米国で大きなテロがありました。この日は、私たちがこちらに8月末に引っ越してきてその片付けやらなにやらで昼間は忙しく、夕飯でテレビをみながらビールを飲み、そのまま疲れて夫婦ともども座椅子で寝てしまっていました。
布団で寝ようと目覚めてみるとつけっぱなしのテレビがなにやら騒がしい。みればビルに飛行機が突っ込んでいます。最初は事故か何かかと思っていたのですが、2機目が突っ込んできました。この世の出来事とは思えず、ぼーとした頭で今かの国で起こっていることをなんとか理解しようとしていました。

この日から当時のNHKのワシントン支局長であった手嶋龍一氏が11日連続の現地報告をして、彼のジャーナリストとしての力量を改めて世間に印象つけました。彼は原稿に全く目を落とさず、いまある現地の状況をよどむことなく的確に私たちに伝えてくれました。
その後彼はフリーになり、外交を中心として示唆に富む見方を頻繁に目にすることができるようになりました。件の東日本大震災、そして原発事故についても彼はいくつかの興味深い洞察を披露してくれました。

そして今日は3月11日からちょうど半年目でもあります。その節目の日の朝の新聞の1面記事はなんとも残念なものでありました。経済産業大臣の辞任。理由はもうご存知でしょうから書きませんが、なんとも情けないことでした。

彼ら2人は、立場は違えどどちらも言葉が仕事の最大の道具です。が、2人が同じ日本語という共通言語を使ってモノを考え表現していることが信じられないくらい、その落差に愕然とします。
CATEGORY : 近況

2011.09.05 *Mon

414(2011.9.5)

暑い夏が終わり、9月に突入。二百十日を過ぎるとやはり台風がやってきました。心配なのは、稲が倒れないかということ。あまり降らないであまり吹かないで。

当地に移住してきて、8月末にちょうど丸10年となりました。農的生活をするためにやってきていろいろありましたが、あっという間でした。
その10年の節目に大切なお知らせがあります。

私たち家族は、この農的生活に今年限りで別れを告げ、再移住することとしました。次の住居はまだ決まっておりませんが、神戸になる予定です。
理由の一つは、やはり原発事故です。当地での放射線量は私の知る限りではかなり低く、直接的な問題は少ないと思うのですが、このまま農産物の販売を続けていくには先の見えない状態がしばらく続くのではと考え決断した次第です。もちろん、線量が低いとはいえ、子供たちの将来の健康への不安もあります。
こうした結末を迎えるにあたり残念という以外に言葉が見つかりませんが、今回の出来事がなくてもよそ者の私たちにとっては、いずれこういう日が来ることを予想していました。
逆に考えれば、今回のアクシデントは、次の新たな生活を始めるきっかけともいえるのです。

もちろん、忌まわしい原発事故を肯定するわけではなく、私たちのささやかな幸せで平和で心豊かな暮らしをどうしてくれるのか、という思いでいっぱいです。あの恐怖と不安で心ささくれ立たせた今年の春を決して許すわけにはいきません。その怒りを反原発の思いに変えて、ここで戦うことも一つの選択肢だったと思います。そうすべきだったのかもしれません。実際、この地に根を下ろしたIターンの仲間たちの多くはそうしています。
でも私は、そうした勇気と決意のない人間なので、都合よく逃げていくことにしたのです。

とはいえ、10年もこの地で暮らして、お世話になってきたのですから、こうした決断をするにはそれなりに悩んだことは間違いありません。そのあたりのことをお伝えするには、この紙面ではいささか小さいようです。少し私の思いを当時の日記風にまとめてみましたので、よろしければこちらをお読みください。無駄な文字が多いのですが、苦しい選択をせまられた当時の私たちの切ない気持ちが少しは感じてもらえるのではないかと思います。
CATEGORY : 近況

プロフィール

nekomimi

Author:nekomimi
2001年夏に東京の会社を辞め、農業を中心とする生活をするため福島県会津地方へ移住。
連れ合いと3人の息子、犬のもも、ネコのリンと賑やかな田舎暮らしをしています。

URL ねこのめ ねこのみみ



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