This Archive : 2011年05月

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2011.05.27 *Fri

りんちゃん

りんちゃんが天国にいってちょうど1週間になります。
毎日毎日りんちゃんのことを思い出します。使っていたトイレやごはん箱、残っていたごはん、トイレ用の砂。残っているといろいろ考えてしまうので、ネコを飼っている何人かの知人に形見分けのようにお譲りしました。
りんちゃんがいなくなったことを話すたびに、無性に涙がでそうになって困りました。今は最後のねぐらであった倉庫のコンクリの床がガランと空いている空間が、りんちゃんを偲ぶ場所として残っているだけです。

りんちゃんがいなくなった日の夕方、犬のももの散歩がてら、生前りんちゃんをよく見かけたという話を聞いていた山の上のアスパラ畑に通じる道を歩いてみました。その畑のあたりには我が家の畑もあるので、たまにいくのですが、通常は車なのでぐるっと遠回りすることになります。我が家とそのアスパラ畑を最短距離で行こうとすると、途中にお寺と墓があります。我が家の目の前にはそのお墓に通じる急な階段があって、私は彼女がここを上り下りしているのを何度も目撃しました。
その階段を上がると何年かぶりに訪れたお墓が目の前にひろがっています。その間を縫って山を越えるケモノ道のような跡を抜けると近所の人が作ったナメコの原木が杉林の中にずらっとならんでいます。ナメコの栽培をしていることは知っていましたが、普段は忙しくて見に行ったことがありませんでした。驚くくらい大量のナメコの原木が見事に整然と並んで伏せてありました。
今年の大雪のためか、へし折られた大きな杉の幹が何本も原木の上に倒れていました。その木を乗り越えながら杉林を登りきると件のアスパラ畑に到着です。まっすぐ歩いてくれば10分もかからない距離ですが、その道のりに広がっていたのはどれも私が初めてみる光景ばかりでした。りんちゃんはこんな風景を見ながら、私の知らないところで散歩していたのしょう。あるいはたまに催されるネコの夜会がこのあたりで開かれていたのかもしれません。
りんちゃんはこんな風景をみていたんだなあ、としみじみしながら、もと来た道を帰ってきました。

形見分けの時に知人に「りんちゃんはよく、ももの散歩のときに一緒に付いてきていたよねえ。あんな風に散歩するネコは初めてみた」っていわれました。確かにももの散歩の時にはどこからともなく現れて、どこまでも一緒に付かず離れずぐるっといつもの散歩道を歩いていたものでした。私と連れ合い、3人の子供たち、もも、りん、とぞろぞろ歩いているのをよそから見ると、ブレーメンの音楽隊のように賑やかだったのでしょう。もうそんなのも見られなくなっちゃいました。
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CATEGORY : 近況

2011.05.23 *Mon

394(2011.5.23)

夏のような暑さが続いたと思ったら、雨が降るとまたコタツがほしくなるくらい寒くなります。おかげで子供たちも体調を崩しがちで、熱を出したり、下痢をしたり、けがをしたり(けがは気候とはあまり関係ないか)、このところ病院通いが続いております。

かねがね気になっていた、小惑星探査機「はやぶさ」の映画を米沢まで子供たちと見に行きました。期間が2週間限定だったので、子供たちの回復を待っているヒマはありません。まあ映画くらいなら多少具合が悪くてもOKでしょう。
内容的にはワクワクするような構成にはなっておらず、期待していたようなものではありませんでしたが、まあ子供たちにもわかりやすいものでした。それにしても、日曜だというのに子供の観覧が少ないこと。500円という安さにもかかわらず、私たちの回の客は30人くらい、子供は1割にもなりません。意外にも年齢的に上の女性方が多かったです。

宇宙のロマン・壮大さをみると、目の前のことが些事に思えてくることもあります。もちろんそれがとても大切なこともあるのですが。このところのクサクサした気分をほんの少しでも忘れさせてくれる1時間でした。

CATEGORY : 近況

2011.05.20 *Fri

りんちゃん

我が家の愛猫 りんちゃんが今日、天国に旅立ちました。少し汗ばむくらい晴れた5月の青い空の下で。

思えば例の大震災の前後から食欲がなくなってきたように思います。いつもはねぐらの倉庫の扉をあけると、ウナーとしか表現できないようなかわいらしい声をあげて表に元気に出てくるのに、最近はいつも寝床で眠ったまま。まだ寒いからかなあなんて思っていたのですが、気づかないうちに具合が悪くなっていたのです。
1か月ほど前にお医者さんに診てもらったのですが、肺の音が少しざらざらいうとのこと。検査をすれば原因がわかるかもしれないけれど、検査のストレスで死んでしまう動物も多いとのことで、注射一本でおうちに帰ってきました。それからも日に日に痩せこけて体重は半分近くまで減っていたのではないでしょうか。
晴れた日は、大好きだった庭の日向に連れていくのですが、それでは少し暑いのか、縁の下や木陰で口をあけて荒い息をしていました。

今日、午前中一番下の子を病院に連れていって帰ってくると、縁の下に体を半分いれて苦しそうに息をしていました。いままで見たことがないくらい舌を出して。あわてて涼しい寝床がある倉庫に入れて休ませ、私は眠くてむずがる子供の相手をしていました。
昼休みに帰ってきた連れ合いがりんちゃんの姿を見に行くと、すでに逝ったあとでした。

寝床から自力で出て、冷たいコンクリートの上で一人さびしく、死をまっていたのでしょう。猫は飼い主に死に姿を見せないといいますから、ひょっとして倉庫の物陰に隠れるところだったのかもしれません。最後はチャームポイントのブルーとゴールドの瞳をしっかりと前に向けて、彼女らしい最期の姿でした。

なにしろおてんばで、愛想のいい、狩りの上手な、かわいらしい白猫でした。家の周りで私が仕事をしていると、近くに寄ってきて、いろいろお話をしてくれました。寒い日やさびしい時は膝の上に上ってきて気持ちよさそうにしていました。

私も彼女の最期が迫っている予感はしていました。おととい、夕方家の前で荒い息をしているりんちゃんのそばに腰かけました。思っていた通り、彼女はそれをみてすぐに私の膝の上にのってきました。あばら骨が目立つくらいに痩せて、苦しそうな息をしていましたが、やがて少し落ち着いてきたからなのか、呼吸もゆっくりになってきました。いつもやっているように、あちこち枕を変えて、膝の上で気持ちよさそうに目をつむっています。
それから1時間くらい、私もすこしずつ陽が傾いてくる家の前の景色を眺めながら、のど仏をころころしていました。遠くの田んぼで代掻きをしているトラクターの低い音以外、人工の音のない静かな時間。りんちゃんがうちに来たばかりのころのこと、蛇や野鳥を捕まえていたこと、うちでかっていたヒヨコを食べてしまったこと、ネズミを捕まえて異常に興奮していた姿、よその猫との取っ組み合いのけんか、犬のももとのじゃれあい、いろいろ思い出していました。
最期をこの膝の上で迎えられなかったのは本当に残念で、申し訳ない限りでした。でも、おとといりんちゃんも私の膝のうえで、自分の命がもうじきついえてしまうことを予感し、私たち家族との楽しかった時間を思い出してくれていたのではないかと思います。

私が生涯初めて飼った猫であり、おそらくこれが最後の猫になるでしょう。その1匹がりんちゃんで本当によかった。

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CATEGORY : 未分類

2011.05.19 *Thu

393(2011.5.19)

またしても原発関連の話題を書かねばなりません。

昨日、近所の人がどこからか放射線量計を借りてきたので、測ってみないか、というのです。もちろん不安だらけですから、すぐにお願いしました。
なにしろ、本当の情報がどれなのかもはや分からなくなってくるくらいこのところいろんなニュースが流れてきます。今、自分がいるこの場所ははたして安全なのか(まあ安全ではないかもしれないけれど、とりあえず当面は大丈夫といえるか、という意味です)ということにも少々疑念がわき始めていました。毎日ニュースで流れてくる線量測定値も本当にあっているのか、とか。

その機械はポケットに入れるにはちょっと大きいですが、テレビで見るような巨大懐中電灯のような大きさでもない、拍子抜けするくらいコンパクトなものでした。
まずは家の前で背の高さくらいで空中線量を測ってみると0.2マイクロシーベルト/hくらい。デジタルの数字を見ているとめまぐるしく数字が変化していきます。時々刻々と線量は変わっているのです。この数字は、この近辺のものと比べると若干高いらしいです。ここは谷地なので、そうじゃないかと思っていたのですが、残念ながらやはりそうでした。
この機械をもってそのまましゃがんで地面に置くと、0.27くらいと数字は大きくなります。やはり地面には放射性物質が積もっていますから、そうなるのですね。
「屋内退避」なんてことも言われていましたから、屋内はどうかと測ってみると、縁側で0.13程度とやはり低くなります。いつも開けっ放しでシャッター一枚で隔てられた倉庫内でも同じくらい、震災前にビニールを張っていた育苗ハウスですら低い値でした。低いといっても、正常値からすれば倍以上はありますが、屋根の下に入ることはそれなりに意味のあることなのですね。

逆に雨水がたまるところを測ってみると驚くなかれ1.0~2.0とケタが一つ違います。ちょうど玄関脇なので、子供たちがそんなところでウロウロしていると大変困ったことになります。でもその数値も30センチも離れると半分くらいにすぐなってしまいます。
道路わきの側溝にたまったドロなんかも1.4と高い値。いつもこの道路では子供たちとサッカーをするのですが、しょっちゅうこの側溝にボールが転がり込んでしまうので、これも深刻なことです。

他に畑や田んぼも測ってもらったのですが、だいたい0.2前後で、草を刈った畔は草に積もった放射能が草ごとなくなってしまうので、低め。耕うんした田畑も下の土と混ぜられ薄められたのでしょう、やはり低くなります。といってももちろんなくなったわけではありません。刈り草を集めたところを測ると0.3くらいと高めになります。今年は畑に刈り草をいれられなくなりました。

とまあ、とにかく手当たり次第線量計をあちこちあてがいました。はては自家用の鶏の卵だとか外に干しておいた洗濯物とかも。
結論としてはおおよそ、この辺りは若干高めだけれど、いわゆるホットスポットというほどの高レベルというわけではないこと、雨水のたまるところは高いということ、屋根の下はそれなりに安全度が高いということがわかりました。今回の計測器を疑うわけではないですが、絶対値が本当に正しいのかどうかは判断しかねますが、うち以外のポイントと比較してみるとだいたい新聞にのっているような数字に近いことはわかりました。

とはいえ、原発から100キロはなれた当地でも通常の4~5倍という線量であることは間違いはありません。
CATEGORY : 近況

2011.05.12 *Thu

392(2011.5.12)

相変わらず雨の多い皐月となっております。田仕事には都合はいいですが、畑にはもう少し気持ちのよい晴天がたくさんほしいです。

寒さと震災で少々遅れがっての田んぼの方も、ようやくたんぼに水を入れる水路の掃除がすべて終わりました。田起こしは終わっているので、あとは周りの草を刈って代掻きすれば田植えです。
とはいえ、肝心の苗がまだ大きくなっていないので、田植えは5月末になりそうです。そのまえに畑の植えものを片付けたいのですが、この雨続きで捗りません。まあ面積も作物の種類も今年は少し減らしたので、気をもむほどではありませんが。

最近物置小屋の片づけなどをだいぶやって、いらない木片やボロのダンボールなどがたくさん出てきました。もちろん燃えるごみで出すべきなのですが、量もあるし、袋に入れるのも面倒だし、第一大きいものばかり。燃しても問題ないものばかりなので、たき火を楽しむことに。
個人的には小雨が降るくらいの時のたき火が一番好きです。昔キャンプにいったときも、乾いた木は燃えるのが当たり前なので、多少濡れているものの方があれこれ工夫をして燃やそうとするので楽しいのを思い出しました。火事にもなりにくいですし。
小屋で作業しながら火の番をして、1時間足らずであの大量の木片がわずかな白灰になってしまうのが、なんとも充実感。今度は去年作っておいた薪でじっくり焚き火をしてみたいと思います。


さて、例の核の火の方は一向に消火の兆しが見えません。
私が心配していた「水棺」作業はどうやらできなさそうです(いつの間にかメディアではこの作業のことを「冠水」と表現し始めましたね。「水棺」は原発のイメージを損ねるからでしょうか。でももはや制御しきれなくなった「神の火」を封じ込める、という意味ではチェルノブイリの「石棺」、フクシマの「水棺」という言葉の方がだんぜんしっくりきます)。
思ったよりぜんぜん水がたまっていなかったようで、格納容器もだいぶイカれているのでしょう。連休のころは格納容器の半分くらいまですでに水が入っていると想定していたようですが、とんだ勘違いだったということです。当時、「格納容器から水漏れがないか慎重に見極めながら」東電は注水量を増やしたわけですが、監視の目を光らせていたところから水漏れなど起こるハズもなかったのです。水がそこまでたまっていなかったのですから。水がたまっていないということは、底から漏れていたわけで、東電はあのとき一体どこの水漏れを点検していたのか、ということにもなってしまいます。
また強度計算などをして格納容器に水を満たしても大丈夫と踏んで「水棺」作業に入ったのですが、この分析もおかしいです。もし今回の漏水箇所もまだ首の皮一枚で水漏れを防いでいたと仮定すると、そのまま満水になどしてしまったら1万トンの水の圧力で破れていた可能性だってあったのです。

予想通りまたしても「そんなことも考えていなかったのか」ということが明るみにでてしまいました。もうすでに東電には「神の火」を鎮める能力はありません。一刻もはやく国(原子力安全保安院)がイニシアチブをとって対処すべきです。保安院にその能力があるかといえばないでしょうが、今以上に国や世界の力を結集して事にあたるためには今からでもそうせざるをえません。
元はといえば、今回の責任の一端(半分)は原子力安全保安院にあったはずです。それが事故発生から保安院はオペレーションを東電に任せて、ただ見ているだけです。原発を推進してきた国としてその管理責任は全く逃れられないのに、いまだに賠償問題も東電だけが矢面に立たされています。
5月3日、事故発生から2か月もたって初めて保安院長の寺坂信昭氏が福島へ謝罪に訪れました。ここからして当事者意識がないことが明白ですが、メディアもほとんどこのことを報じていません。福島県版の朝日新聞は、4日の4面の片隅にほんの15行ほどの小さな記事にしているだけです。東電の社長が福島にいくと大騒ぎになるのと比べると大変な落差です。私の感覚ではそのくらいの大騒ぎにならないとおかしいくらいだと思っているのですが。

ともかく圧力容器、それを覆う格納容器ともに破れてしまっており、炉心溶融(メルトダウン)が起こってしまっていたのは明白なのですから、かなり大胆かつ大がかりの対処をしなければおそらく来年の今頃も火はくすぶったままでしょう。

「神の火」ではなく焚き火を私がのんびり会津で楽しめるのはいつのことになるのでしょうか。
CATEGORY : 近況

2011.05.04 *Wed

391(2011.5.3)

連休後半がスタート。こいのぼりもラストスパートです。

例の原発の話題が続いて恐縮ですが、やはりいろいろと考えてしまいますね。
私が心配していた「水棺」ですが、器内圧力が下がったとかで様子見になっています。このままやめてしまうかと思ったら、今一生懸命、格納容器内に水面計をつける段取りをつけているとか。その大前提として原子炉建屋内に人が入れるよう空気清浄器をつけるのだそうです。まあ原子炉に近づけるようにすることはいいことですが。

このところ年間の被ばく線量をどこまで容認するか、という議論がだいぶなされるようになってきました。今まで年間1ミリシーベルトだったんじゃないの、と思っていたらいつの間にか20ミリと国が言い始めたのが発端です。
素人の私にはどの言い分が正しいのか、判断がつきません。ただ、普段生活していても宇宙や地上から1ミリは受けているそうで、1ミリという基準は理解できます。一方、これまで人類が経験した大量の放射線の影響というのもある程度調べられているようで、広島・長崎の原爆による被ばく者の追跡調査などでは100ミリまでだとガンの発生率に明確な差異が認められないのだそうです。要するに統計学上、100ミリの放射線を浴びたことでガンの発生率が明確に上がっているとは言えない、ということのようです。なので、100ミリというのが、まあ大丈夫かなという範囲になっているのでしょう。
20ミリなら100ミリの2割程度ですから、大丈夫というのが学者先生のおっしゃることなのですが、実際どうなのでしょうね。そもそも人類が被ばくした経験というのは、あまり例がありませんから、調査のサンプルとして十分な量といえるかというのが、まず問題です。原爆のように一度にどーんと被ばくするのと、今回のように長期にわたってじわじわくるのとでも違うかもしれません。
また「統計学上」の有意差がない、というのも曲者です。有意差がないというのは、もし0.01%ガンの発生が増えたと調査結果が出ても、あまりにも小さい値なのでそれが食生活の変化によるものなのか、放射線の影響なのかわからないということなのでしょう。でも、1万人に一人、原発から半径100km圏内に330万人住んでいるそうですから、100km圏内でもし330人に何らかの異常がでたとすると決して小さい数字ではなくなります。たとえ、0.0001%だって3人が影響を受けるわけです。統計上は小さい数字ですが、この3人にとっては0.0001%ではなく、100%です。
100ミリが、20ミリがなどということをいっているうちは所詮、他人事です。国民一人一人の命の大切を考えれば、どうするべきか、わかるはず。

会津若松で現在の空中放射線量が1時間当たり0.0002ミリシーベルトです(3月16日の0.0006からはだいぶさがりましたが、このところ0.0002で下げ止まっています)。これに1年=7000時間をかけると1.4ミリシーベルトとなり100km離れた会津でも1ミリを超えてしまう可能性大です(人口の多い福島市・郡山市だとこの10倍くらい)。
330万人に危ないですよーというとパニックになる可能性があるので、言い方は難しいですが、20ミリ以下なら大丈夫などという対応はしてほしくはありません。ただでさえ、今の賠償額は莫大ですから、これからまた避難なんてことになったら、底なしになってしまいます。それを恐れて国の対応を遅らせているとしたら、廃炉を恐れて海水をなかなか入れられなかった東電の二の舞になってしまいます。
CATEGORY : 近況

2011.05.03 *Tue

390(2011.5.2)

桜が満開。いい季節を迎えました。暑くなく寒くなく。ウグイスないて、ツバメが飛んで。

sakura


近所の名物桜、鏡桜(かがみさくら)を家族で見てきました。農業用の貯水池のほとりに1本きりりと咲いています。その姿が水面に映り、この名前の由来となっています。連休前半は雨が多かったのですが、その合間の晴れ間に行けたのがよかったです。(まあ車で5分のところにあるのですから、時間が選べたのは当たり前ですが)
こういうご時世でも見物客がいつも通りに来られていて、ちょっとほっとしました。

水稲の苗は、ようやく芽が出そろいました。今年は種子を少な目に(薄く)蒔いたのですが、おもったより揃いがよくほっとしました。天気が続かず、暑くなり過ぎなかったのがよかったのでしょうか。
野菜の苗も、ほぼ順調に育っています。これから定植、田植えの準備がまっています。

CATEGORY : 近況

プロフィール

nekomimi

Author:nekomimi
2001年夏に東京の会社を辞め、農業を中心とする生活をするため福島県会津地方へ移住。
連れ合いと3人の息子、犬のもも、ネコのリンと賑やかな田舎暮らしをしています。

URL ねこのめ ねこのみみ



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