This Archive : 2011年03月

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2011.03.29 *Tue

382(2011.3.29)

原発についてはつぎつぎ不安になるような事態が、政府から報告されています。

福島県では、放射性物質が飛散しているので、種まきの時期を遅くするよう農家に要請しています。種まきが遅くなると収穫も当然遅くなるわけで、収量や価格にも影響がでてくるでしょう。それでも蒔ければいいですが、やっぱり植えたらダメなんてことになったら一大事です。

もしそうなったらお金は補償してもらえても、耕作されない田畑はどうなるでしょう。草がボウボウ、その種が落ちて、もし来年耕作できても除草対策で余計な費用と手間が発生してしまいます。我が家のようにもともと草だらけのところはともかくとしても、キチンとこれまで草の管理をしてきた農家にとってはそんな事態は全く心外なことでしょう。種をまかなくても、耕せば草を生やさないようにはできますが、県は放射性物質が拡散するので耕さないように指示しています。ですから、もし今年ダメでも来年は、ということになっても農地の荒廃が一挙に進む恐れがあります。
ただでさえ後継者不足で農業をやめたい人が多いのですから、これを機に農家が激減するかもしれません。
以前からいっているように、農業というのは近所との協力なくしては成り立ちません。それでも残って農業をしたい人も、水路の管理が一人ではできずに結局やむなくやめざるを得ない、という廃業ドミノが起こることだって考えられます。
県の今の指示は県内一律の指導になっており、実態と合っていません。少しでも県内農業の荒廃を防ぐためにも汚染物質の拡散状況を踏まえたものにしてほしいものです。

さて、問題の原発の方ですが、最近やたらと業界でしか使わないような用語が普通にニュースに出てくるようになってきました。「タービン建屋」「復水器」「トレンチ」、さっきは「サージタンク」なんて言葉もでてきました。普通の人は使わないし、いったいどんなものか想像もつかないような代物ですが、そういう用語を使わないと説明できないくらい事態は複雑かつ深刻だということなのでしょう。
でも、それを報じるメディアの方も実際のところ、よくわかっていないような気がします。だからますます私たちに正確に伝わらなくて不安になってしまうこともあるのだと思います。ですから、私たちもそれが実際どういうことなのかよく理解していかないとなんだか変に安心してしまう、ということもあり得ます。

最近よく米国のスリーマイル原発の映像が出てきます。テレビで決まって大写しにされるのは、お寺の鐘のてっぺんをスパッと切り取ったような形をした巨大な施設なのですが、あれは冷却塔ですね。でもああやって映されると、あれが原子炉だと勘違いするひとが多いのではないでしょうか。よくわかっていないメディアの報じ方にはこれからも要注意です。
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CATEGORY : 近況

2011.03.28 *Mon

381(2011.3.28)

震災から2週間、被災地では復興作業が始まっておりますが、行方不明者の捜索もまだまだ続いています。避難された方々も生活の見通しが立たない状況にあり、直接被災していない私でも本当にこの先どうなってしまうのだろうかと、途方に暮れてしまいます。

例の原発騒動も、一旦は収束に向かうと思われていましたが、なんだかしばらく収まりそうもありません。ご関係者の懸命のご努力にもかかわらずその間にも、放射性物質がばらまかれ、福島のみならず、隣県にも水・農作物に深刻な影響をもたらしています。もちろん大気中に放出された粒子は、我々の体にもわずかではありますが(と、政府は言っております)、直接降ってきているわけです。
子供をもつ親としては、わずかとはいえ、目に見えないこともあり、長期的にみてどのような害があるのかわからず不安になってしまいます。会津ではまだ観測地は小さい方なのですが、すでに避難されている人もわずかですが、います。

我が家は、すでに蒔いてしまっている野菜の苗の世話、犬・猫・鶏さんたちのお世話、そして連れ合いのお仕事とそれなりに会津にとどまらなければならない理由があり、にわかに家族総出で大移動というわけにはいきません。
そうしたなか、かねてから予定されていた私の母の法事のために神奈川へ2日ほど逗留することになりました。それとて、乗用車での移動なので巷のガソリン不足や東北道・磐越道が不通になっていることから、予定通り行けるかどうかも危ぶまれていました。
それでもなんとか出発前日に高速道路は復活し、車の燃料もそれなりに供給が始まり、無事に関東の春の日差しを家族ともども拝むことができました。そこではホテルに宿泊したのですが、ここでは早速ウワサの計画停電の洗礼をうけました。

一応東北電力でも計画停電は予定されていましたが、結局は実施されませんでしたし、そもそも被災地である福島県はその地域から除外されていました。なので、計画停電は初体験です。
残念ながら宿泊したホテルでは自家発をもっていないようで、停電すると完全にブラックアウトしてしまうとのこと。照明はもちろん、エレベータなども使えません。しかも実施時刻が夕方6:30~22:00と食事や入浴、そしてなにより1日のくつろぎの時間に重なっていました。もちろん近所のレストランも当然停電して営業できません。そこで暗くなる前に入浴を終え、停電しない隣町まで電車で移動して夕食をとってきました。

さて、このショートステイの間に、私はひそかに例の原発騒動が収束することを期待していました。ホテルに帰るとテレビにかじりついて原発関連のニュースをハシゴします。でも事態は悪化の方向に向かっているような気さえするくらい、進展はありません。
連れ合いと相談して、兵庫の連れ合いの実家に上の子2人だけでもしばらく預かっていただくことにしました。本当は三番目の子を原発から遠ざけたいのですが、まだまだ幼いので母親なしではいられません。西へ向かう高速道路を運転していると、なんだか避難民というか流浪の民というか、ナチスに追われたユダヤ人のような気分にもなってしまいます。子供たちはそれなりに不安があるようですが、なんだかただならぬ事態が起こっていることはうすうす承知しているようでした。

後ろ髪をひかれる思いで、翌日再度日本列島を北上。いつもと変わらぬように見えるわがムラが、ひっそりと私たちの帰りを待っているようでした。
CATEGORY : 近況

2011.03.21 *Mon

380(2011.3.21)

相も変わらずの震災の影響の残る日々。福島はご存知の通り、原発の影響をいろいろな面で受けています。この3連休でなんとか原子炉や使用済み核燃料の冷却にはあと少しで漕ぎつけそうな気配ですが、予断はまだ許しません。
飛んでくる放射線量については、国や専門家は「すぐに健康に影響しない」を繰り返していますが、普段より高い数値がでているようです。会津近辺でも普段の10倍くらいらしいです。放射性物質についても、この季節は西風ですし、上空高いところでは偏西風が常にふいていますから、会津にまではそれほどの量は飛んでこないことは感覚的には理解できます。
でもそれは、あくまで私の住んでいるところにあまり飛んできていない「らしい」ということであって、現地付近はもちろん、お隣の茨城県にも結構な量の放射線と放射性物質が飛んでいるようです。

そして予想通り、茨城県産の葉物野菜、福島県の牛乳、飲料水、近海の海水にまで規制値の量を超える放射線が検出されるようになりました。これについても国や専門家はやっぱり「大丈夫」を繰り返していますが、「大丈夫」と言われれば言われるほど不安になってしまいますね。
早速ここ会津では、今年の夏キュウリの出荷には福島県産ではなく「会津産」と表示するなんて話が出始めています。農家の自衛のためとはいえ、これでは消費者に、会津以外の福島県産農産物が危険だということを暗に知らせているようなものかもしれません。地図上に半径20km、30kmの円が描かれるとそこを境に一律危ないとか安全とかという簡単な話ではないと思うのですが、悲しいかな現実問題はこの半円をもとに判断・議論されてしまいます。
いわき市などは市の一部がこの半円に入ってしまったために、救援物資が届かなくなったということはみなさんご存知の通りです。
こんなことになるなら、いっそのこと、原発の立地場所では、発電所を中心とした半径20km、30kmという境界で自治体を作ってしまった方がいいのではないかとも思ってしまいます。

まあそんなたわごとは、脇においたとしても、これから福島の農家(もちろん、茨城・栃木・群馬も)はどうなってしまうのかと考えてしまいます。まず出荷できなくなった被害は、東電・国で補償できるのでしょうか。おそらく今回の震災は、「想定外」として被告は逃げ回るでしょうから、せいぜい例の半径30km圏内の補償くらいで済まされてしまうかもしれません。
そもそもこの「出荷できなくなった被害」というのはいつまで、どの範囲まで広がるのでしょうか。これから種まきする野菜についても、ここ会津で放射線が検出されたら、どうなってしまうのか。
今、ちょうどナスの発芽を見守っている最中なのですが、なんとも複雑な思いです。
CATEGORY : 近況

2011.03.17 *Thu

379(2011.3.17)

大地震から1週間近くが経ちました。地震・津波の被害はすさまじく、日に日に死者数は増え、このところの寒さで45万人とも言われる避難者の状況もとても深刻です。燃料・食糧がうまく被災地に届かず、なんともじれった思いがします。
今私にできるのは、余計な買いだめなどしなくても済むよう、とにかく燃料は使わないことくらいです。

それにつけても、目下一番心配なのは原発です。6基の炉いずれも抜き差しならぬ状況になっているようで、連日のテレビを観ていると、事態がちっとも改善していかないことに、これまたじれったくやりきれない思いです。いつここを脱出すべきかと状況を見守っているのですが、じっとテレビを見ているのも正直つらいものです。
こういう時は、育苗ハウスの中で種まきなどしながら、ラジオでも聞いているのが一番です(しかも昼間は家にいるより暖かい)。テレビはとにかく深刻で繰り返しのようなニュースと原発についての解説(不勉強のアナウンサーの的外れな質問にも幻滅)、公共広告機構(AC)のCMばかり。
一方ラジオは今流行りの曲ばかりでなく、子供から大人まで楽しめるようなものになっています。映像がないためか、現地リポートも「大変だけど、とにかくがんばろう」というトーンのものがおおく、聞いていて疲れません。

とにかく大変ですが、できることからやるしかありませんね。
CATEGORY : 近況

2011.03.14 *Mon

378(2011.3.14)

今回の大地震では、数多くの犠牲者と甚大な被害がありました。大きな被害があった福島県に在住している、ということで、知人から多くのお見舞い・安否確認のメール・お電話をいただきました。

とりあえず、我が家と家族は無事で、今は何不自由なく過ごしていることをまずはご報告しておきます。ご心配いただきありがとうございました。
確かにここ福島県は地震だけでなく、津波による犠牲・被害がかなり大きくなっており、加えて原発のトラブルもありました。福島県内には大きく分けて太平洋沿岸の「浜通り(はまどおり)」、福島市・郡山などの都市圏の「中通り(なかどおり)」、内陸の盆地にある「会津」という地域があります。今回の被害は地震で浜通り、中通り、津波で浜通りに大きくなっています。会津は震源地から離れていることもあり、揺れはあったものの幸い被害はほとんどありませんでした。

地震発生時は仕事場にいたのですが、揺れは船にのっているような大きくゆっくりしたもので、建物の中ではちょっと怖いような状況だったので、とりあえず外に飛び出しました。外にでても気持ちの悪い揺れは続き、止まっているバスや車もガタガタ揺れていました。私は長年伊豆に住んでいたので、地震についてはそれなりに慣れてはいるつもりなのですが、こんな揺れ方は初めてでした。揺れがゆっくりで長く続いているということは、震源は遠いはずなのに、振幅が大きかったので、かなりの大地震なのか、あるいは近くの磐梯山が噴火でもし始めたのかと思いました。

揺れが収まったあとに、事務所でインターネットで確認しようとしましたが、不通。同僚の携帯電話で宮城沖の地震と判明。とりあえず、残った仕事を片付けて、すぐに帰宅しました。今年は雪が多く、道路際には大量の雪が残っていてそれが崩れているのでは、と心配していましたが、そんなこともなく無事に帰宅できました。
安普請の我が家の中は家具が倒れているのでは、と思っていたのですが、それもなし。連れ合いも子供たちもなんともなく、とりあえずはほっとしました。

以来テレビで被災地の報道にくぎ付け。子供たちは自分の見たい番組がことごとく中止となり、不満だったようですが。ほんの100kmほど先で、これだけの被害が起こっていることに、現実とは思えず、なんと私たちは幸運だったのかと思わずにはいられませんでした。

翌朝には新潟・長野でも中規模地震がありましたが、これも幸い震源が遠く、揺れだけで収まりました。

実は会津にも大きな断層が南北に入っているらしく、これから先、地震がこないという確証はないようです。
つきなみですが、地震はいつどこで起こってもおかしくありません。備えをどうするか、改めて考えさせられます。
CATEGORY : 近況

2011.03.09 *Wed

まど(2011.3.9)

いよいよ野菜の種まきが始まりました。育苗ハウスのビニールは先のあたたかい時期にかけておいて正解でした。
とりあえず、育苗に時間のかかるナスとキャベツ・レタスをまきました。

稲ワラと落ち葉の温床も仕込み始めました。まだ雪と寒さが続く春ですが、とりあえず畑仕事が始動しました。
CATEGORY : 畑・田んぼ

2011.03.09 *Wed

377(2011.3.9)

晴天の続く暖かい日が続いて、このまま雪が消えていくのかと思ったら、また最近しつこくそれなりの積雪があります。まだ寒いですし、今年の雪はなかなかにしぶといようです。

わがムラもとうとう光ファイバー通信網が整備されました。3年ほど前にADSLが使えるようになりましたが、基地局からの距離が相当あるので、ブロードバンドとは名ばかりの通信速度でした。やはりここは距離減衰のない光しかないと思っていましたが、こんな田舎に通信事業者が整備するのはほとんど絶望的でした。

それが、とうとう行政の力で実現してしまいました。要は税金で整備してもらったわけです。税金で無駄なものを作ったり使うのはどうかと日頃思ってしまう私でも、この使い方はとても有効なものだと思いました。私が便利になるから、というだけでなく、これからあらゆるものがネットワークでつながる時代になりますから、最低限のインフラ整備として、それは道路を作るのと同じように重要なものだと思うのです。

まあもちろん、料金は高くなりますし、光電話は停電になるとつながらなくなる、というかなり問題もあるのですが。また光になって、なにか有効な使い道があるのかと聞かれると、確かにこれができる、ということでもありません。ブログに動画が載せられるという可能性もありますが、今でさえ写真も載せるヒマもないところで、ビデオなどとても手がまわりそうもありません。

これからこれがなにに使えるのか、これからゆっくり考えたいと思います。



CATEGORY : 近況

プロフィール

nekomimi

Author:nekomimi
2001年夏に東京の会社を辞め、農業を中心とする生活をするため福島県会津地方へ移住。
連れ合いと3人の息子、犬のもも、ネコのリンと賑やかな田舎暮らしをしています。

URL ねこのめ ねこのみみ



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