This Category : 近況

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2012.03.11 *Sun

長年ありがとうございました

ここ神戸に引っ越してきて、遠くにある山都のことを毎日思い出す瞬間があります。それはカメムシの出現の時です。
もちろん、当地に生息しているものではなく、私たちの引っ越しの荷物に紛れ込んでいたものです。荷造りのときに、混入しないようにそれなりに気を配ってきたつもりですが、やはりだいぶ連れてきてしまっていたようです。

昨年末の引っ越し当日、荷解きのときにざっと50匹ほどが出てきました。
その後も、こちらに住み始めて必ずと言っていいほど毎日1匹はうろうろしているのを見つけます。子供たちも「カメ発見!」とうれしそうに私に報告してくれます。そしてあの五角形を見ると山都のことを思い出します。山都では見るのも嫌だったカメムシがなんともかわいらしい感じがすること(ただし当地の生態系に影響を及ぼさぬよう、見つけ次第紙に包んで「処理」してしまいますが)。
毎日1匹見つけたと計算すると、少なくても100以上は私たちに同行してきたことになるのですね。


今日は東日本大震災からちょうど1年。昨年の今頃、1年後に神戸にいるなどと想像もしていませんでした。もちろん誰もが、あんな恐ろしい体験をすることになるとは思ってもいなかったはずです。
最近、また震災・原発事故を検証するテレビ番組が多くなってきました。津波についてはある意味で仕方ないといえることもあろうかと思いますが、原発の方は知れば知るほどむなしくなります。そしてそれを放送しているメディアにもがっかりしてしまいます。
朝の情報番組で司会をしている小倉智昭さんが番組の中で、政府・東電の情報を信じてそれをもとに放送してきたのに、今になってあれは一体なんだったのかという気にさせられる、というようなことをおっしゃっていました。彼の思いはそうだったかもしれませんが、当時の大手メディアもグルになっていたことが常識になっている今、そんな発言を聞くたびに、ますますそれこそ「あれは一体なんだったのか」との思いをより強く抱きます。

とはいえ絶望してばかりもいられません。これから先、3月11日を迎える度に、日本もだいぶよくなってきた、と実感できるように子供たちのためにも努力しないといけないですね。

さて、予告しておりました通り、本ブログ「ねこみみの農的生活記」も今回の更新をもって終了します。決して大勢の方にみていただいたブログではありませんでしたが、自分自身のことや楽しいこと、辛いことを刻み込む意味では私には大いに意義のある日記でした。
最後の方は、むなしくなるような内容も多かったですが、この10年を通じて感じたのは山都での暮らしの心豊かな時間の流れでした。会社をやめて、それこそ働き盛りの時期に田舎暮らしとはもったいない、という考えもあるのかもしれませんが、そんな充実したときだからこそ素晴らしい場所で素晴らしい時間を過ごしたことを精いっぱい体で感じることができたと思っています。そしてこの10年を通じて多くの素晴らしい仲間に出会うことができました。
そんな時間と人は、これから先も私や家族の大切な財産になることでしょう。

さて、このグログの続きはどうなるのか、とよく言われるので、とりあえず続きブログを作ってみました(そんなの必要?)。「とりあえず」なので長続きするかは保証の限りではありません。
次のタイトルは「スイッチバック」。なんのこっちゃ、とお思いでしょうが、もし興味がおありでしたら引き続きこちらのブログをたまに訪問してみてください。

これからもがんばります。本当にありがとうございました。

東日本大震災犠牲者の方々のご冥福をお祈りしつつ。
2012年3月11日 午後2時46分 最終更新。
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2012.03.07 *Wed

おかげさまで

節句を過ぎて、ますます暖かくなってきました。石油ストーブの使用時間がだいぶ短くなってきました。18L入りの灯油缶の中身がなくなったのですが、これからまた買い足すかどうか悩むくらいです。

さて、悩みに悩んだ私の就職活動の方ですが、ようやく修了しました。終了でなく、まさしく修了という感じです。

おかげさまで電気工事の関係の会社に、内定をいただきました。3ケ月の「試用期間」がありますから、その時点でやっぱりダメと言われる可能性もありますから、あまり呑気にしていられませんが。勤務地は大阪。この会社で末永くお世話になるつもりで、家族のためにもがんばりたいと思います。

今回の就職活動は長く苦しいものでした。中年、これといった資格・特技なし、直近の仕事が農業では条件のいい仕事を見つけるのはなかなか至難の業です。隣の三田(さんだ)市にあるハローワークに何度も何度も足を運び、履歴書・職務経歴書を何枚書き直したことか。何回応募しても書類審査すら通らない。一体この先どうなるのかと不安とやりきれない思い。平日昼間に近所をうろうろ出かけていると人の目が気になる。そんな感じでしたからまるで人生の修業をやり直したような気がしました。とらえようによっては自分を見つめ直すいい機会だったのかもしれません。
農業関係の仕事も探したのですが、場所柄案件は多くなく、お給料もそれなり。それでもなんとか粘った甲斐もあり、縁あって今回の会社に行きつきました。
この期間を通じて、連れ合いや子供たち、両親、親類をはじめいろいろな方にご心配をおかけし、知人、以前勤めていた会社の先輩までも私の就職活動をサポートしてくださいました。皆さんに改めましてこの場を借りて感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

昨年末にこちらに移住してきてから丸2か月かかりました。
2か月。早いか遅いかは見方次第でしょうが、私自身の感覚では思った以上に早く終結してくれて、本当にありがたいと思っています。

そしてなにより間に合ってよかった、という思いが強いです。
何に?
一つは、2番目の子の入学式。この春、小学1年生になるのに、家庭調書の父親の職業欄が「無職」というのはあまりにもかわいそうです。まずはそれに間に合ってよかった。

二つ目は、私の誕生日。求人情報をみると45歳を超えると、格段に案件数が少なくなってきます。なんとか履歴書に「44歳」と書けるうちに、という思いがありました。また昨年の私の誕生日は福島原発で次々に爆発が発生した直後。空には放射能が舞い、これからどうするかと不安だらけのなか、とてもお祝いなどしていられませんでした。今年はなんとか晴れ晴れとした気分で迎えたいと思っていました。

そして三つ目は、やはり3.11。この日を厳粛にそして心から、亡くなられ、今なお苦しまれている方々、仲間たちへ思いをいたすには、まずは自分の心が安定していないと、と思っていました。浮足立った気持ちでは、とても東北・福島に思いをきちんとまっすぐ向けられません。
当地で私たちもしっかり生きていきながら、決して高みの見物でなく、遠く神戸の空からいつも福島の復興を願い祈りたいと思っています。

今回私の仕事が決まったことで、我が家の会津から神戸への移住ミッションはすべてが無事終了したことになります。昨年3月末の移住決断から丸1年、一つの区切りがついてほっとしています。そして、長年続けてまいりましたブログ「ねこみみの農的生活記」も、ようやくその役割を終えることができます。世の中のために何か役にたっていたわけでもないので、終わろうが続けようがどうでもいいことですが、ここらでとりあえず一段落つこうと思います。
タイミングとしては、次回3月11日に最終更新をして終わりたいと思います。
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2012.03.01 *Thu

またまた はやぶさ

3月になって、すっかり春の日差しです。刺すような寒さはもうないです。代わって、スギ花粉が気になります。実は1月中旬から目が痒くて、涙が出て、くしゃみが出て大変でした。家の前にススキ野原が広がっているので、その花粉かなと疑っているのですが。少し収まってきましたが、またこれからスギが舞いますから困ったものです。

毎度毎度ですみませんが、また、はやぶさネタです。渡辺謙主演の映画見てきました。今回はひとりでこっそりみてきました。関心のある人しかもはや受けないものかもしれませんが、あっという間の2時間半でした。はやぶさのプロジェクトについて技術的にもある程度しらないと面白くないかもなあ、とは思うものの、俳優陣もすばらしく面白くみられました。私も徐々にオタク化してますね。
他にも同じテーマで近々公開になる映画があるようですが、予告をみた限りではまあこれは見なくていいかな、と思っています。なんとなく。
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2012.02.25 *Sat

篠山

2月に入り、日差しがだいぶ柔らかく暖かくなってきました。南風が入るような日は、上着がいらないくらいです。

先日、篠山市へいってきました。六甲山の北側にある我が家からは比較的近く、電車で1時間もかかりません。篠山といえば黒豆の産地として有名です。幅約3km、長さ15kmほどの篠山盆地にあり、そのちょうど真ん中あたりにはかつての篠山城の城下町が広がっており、そこから一歩でると田畑が広がっています。
山麓に向かって集落が点々と連なっており、一番奥の集落までいくと、私たちがつい2か月前まで住んでいたムラのような佇まいがみられます。
御多分にもれずここでも農業後継者不足、高齢化、過疎といった問題に直面しておりますが、地元のNPOなどの団体が町つくりの活動をかなり大々的にやっているようで、印象としてはほかの自治体に比べるとだいぶうまくいっているようでした。わずか3年ほど前から、財政的にも支援をうけて古民家を改装して店舗として貸したり、レンタサイクルをやったりと、城下町の街並みにあった観光プランをきちんと組み立ててあります。

もちろん、新規就農者を受け入れたりといったこともやっているようですが、どちらかというと、商工業的な方面での取り組みの方がうまくいっているようです。喜多方でもさまざまな町つくりの動きがありますが、印象が違うのは、お金のかけ方。金額そのものも大きいようですが、ピンポイントに投下して、かなりいい作りにしていて観光客向けに仕立てています。近所に大都市大阪、京都、神戸がありますから、そちらからの観光客を意識しているのでしょうか。喜多方のイベントばかりのまんべんなく的なお金の使い方とだいぶ違うように思いました。

今回篠山にお邪魔したのは、私が地元の人と話をする機会が欲しいと思ったからです。もちろん、苦労している仕事探しのヒントを得るためでもあります。残念ながらヒントになるようなものはその時には得られませんでしたが、近くにこんないいところがあり、町つくりに走り回っている優秀な人たちがいらっしゃることを知ったことは貴重でした。
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2012.02.13 *Mon

いつか来た道

今日は雨が降って一段と寒く感じます。でも、さすような寒さはなくなったような気がします。

就職活動は相変わらず、何の手がかりもなくもがいております。いろいろ手を尽くしてやっていくしかないですね。自業自得ですから仕方ないです。

不安なのは福島原発の2号機の温度計。13日には90度を超える値がでたようで、これはどうなっているというのでしょうか。東電は温度計の故障との姿勢ですが、福島の人たちのストレス値は上がったままのはずです。東電のホームページに温度の推移が載っているのですが、どうしたわけか今日の値は午前10時の数字を最後に夕方になっても更新されていません。
マスコミの報道も故障だから大したことない、ということはないかもしれませんが、それ以上の情報が入らないからなのか、どうなっているのかさっぱりわかりません。

この状況は、まさしく昨年3月11日以降に体験した、あの情報不足のときと同じ感じがします。だれが本当のことを知っているのかとあちこちネット検索していました。わからないならわからないなりに、今、温度計の性能がどうなっているのか検査しようとしているとか、考えられる最悪の状況はどうなのかとか教えてもらいたいものです。
今日の夜は一段と寒く感じそうです。
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2012.02.09 *Thu

残念です。

立春を過ぎ、なんとなく日差しが暖かくなってきたような気がします。日本海側の雪も収まってきたのでしょうか。

最近気に入っている便利なものの一つに、インターネットラジオというのがあります。会津にいるときには毎日のようにFM放送を聞きながら仕事をしていたので、聞きなれた福島の放送を聞きたいときはこのインターネットラジオがとても便利です。全国どこのラジオ番組でも聞けるというわけではありませんが、今はradikoで被災地の復興支援プロジェクトとして東北3県と茨城のラジオ番組をきくことができます。
定期的に流れてくる各地の放射線測定値速報には悲しい気持ちにさせられますが、被災地への思いを持ち続けるために毎日聞いています。
地方紙、福島民報のウエブ版というのも毎日チェックしています。これを見ると、いまだに見出し記事が原発関連一色になっていることに、胸が痛みます。

その記事の中に、会津の玄ソバの販売が思わしくないことが書かれていました。これによれば私がお世話になっていた会津いいで農協管内では、昨秋集荷された約150トンのうち100トンほどがまだ在庫となっているとのこと。価格も昨年の6500円/1袋(22.5kg)から1600円に大幅に下がっている由。確かに昨秋は、いつもに比べてどの畑も豊作でしたから、集荷量も多かったのでしょうが、やはり一番は原発事故の影響なのだそうです。会津では放射能は検出されていないにも拘わらず、このありさまです。

私が神戸に越してきてから、スーパーのチラシは1枚残らず見て、実際にスーパーに行ったときには野菜の売り場をかならず覗くことにしているのですが、私の見た限り福島産と宮城産の農産物が並んでいるのをみたことがありません。
新潟、長野、栃木、茨城、群馬、山形、岩手、秋田、青森、北海道のものはちゃんとあるのですが、この2県のものが全く見当たりません。チラシには県名でなく、ただ「国産」とだけ書かれているものもあるのであるいはその中に含まれているのかもしれません。季節的にも今は福島・宮城から関西にまで出荷される品物がないだけなのかもしれません。
でも、全くひとつも見られない、というのはやはり売り手に意図があると考えた方が自然でしょう。

原因ははっきりしているのですから、この際、売り手が非情だとかそんなことは言いたくありません。でも、こんなことは、一体いつまで続くのか、それが気がかりです。

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2012.02.05 *Sun

寒い

立春を過ぎ、暦の上では春となりましたが、当地では風が強くかなり寒く感じます。
凧揚げなど外遊びをしてやりたいのですが、なにしろ寒くて大変です。

と思っていたら、会津の裏磐梯では過去最低の氷点下22.9℃になったとのこと。
習い性で、インターネットを見るときには今でも喜多方市の天気予報をチェックしています。その予報を見たら最低気温が氷点下15度となっていました。むむっと思い、さっそく気象庁の観測データを調べてみたら桧原(裏磐梯)で観測史上過去最低の文字が。
-22.9℃というと、日本酒が簡単に凍るくらいの寒さです。10年前に山都に引っ越してきた当初、地元の人に「昔はお酒が凍ったこともあった」という話を聞かされました。さすがに、今は家もそれなりに構造的に暖かくなっていますし、温暖化の影響もあってそういうこともなくなったのかと思っていました。でも実際そういうことが起こりそうなくらい寒かったようです。

積雪もここにきて、だいぶ多くなっているようです。私が住んでいたムラのお年寄り世帯の人たちのことがとても気がかりです。
この先の予報では、いったん雨が降るほど暖かくなって、その後また寒波がくるようです。この時期らしいパターンの空模様になるようですが、積もった雪が重くなり、道路の雪がザケて自動車の深い轍ができて、それがまた凍ると運転が大変なのですね。

こちらは想像しているだけですが、雪国は現実問題、大変です。とにかくお怪我のないように祈るばかりです。
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2012.02.01 *Wed

もう

もう1月が終わりです。それにしても今年はよく雪がふっているようです。平成18年以来の豪雪にはなるのではと、言われていますね。確かにこの年は会津でも大雪でした。2番目の子がこの年の1月に生まれましたからよく覚えています。連れ合いは出産のために神戸に帰省しており、私ひとりで仕事から帰って夜中まで雪片付け、屋根の雪下ろしをしていたのをついこの間のことのように覚えています。
昨日の新聞によれば兵庫県の日本海側でも積雪が100センチを超えて大雪になっているところもあるそうです。会津にいるときには気づかなかったのですが、意外にも兵庫県も結構な豪雪地があるのですね。神戸から日本海まで直線距離にして80キロ程度ですから、福島でいうと浜通りと会津みたいな距離感です。そんな豪雪地はどんなところなのか行ってみたいですが、就職活動もありますし、あまりのんきなことができないのが残念です。

神戸もこのところとても寒いです。青空は毎日のように仰げるのですが、気がつくと小雪が舞っていたりということがしょっちゅうです。もうすぐ節分、寒さも雪もそのあたりで落ち着くのが普通ですが、今年はどうなることやら。

さて、このところ東京電力が電力料金を10%程度上げると言い出し始めました。去年の夏ころから10~15%くらい上げるのではとささやかれていましたが、そのたびに当の東電は強く否定してきました。でも予想通り値上げを言い出しましたね。予想はされていたけれど、こういう経緯をみるにつけ東電の態度は好ましいとは言い難いです。
態度はともかくとして、値上げの根拠が私はとても気になります。原発が停止して代わりに火力発電所を動かすから石油やガスの購入費がかさむというのが理由とされています。これは東電に限らず、全国の電力会社も同じ理屈で(今は大幅な値上げの話はあまりでていないけれど)、やれ収益が赤字だとか経営が苦しいと言い出しています。
確かに電力会社の言い分としてはわかるけれど、それじゃあ電力の消費者は、はいそうですか、といえるでしょうか。ご存じのとおり電力料金は総括原価方式という方法で決められています。簡単にいえば、発電の原価に数%の利益を乗せています。ですから燃料代=原価が上がったから値上げというのは理屈としては間違いではありません。でもその原価がそもそも正しいのか、というのがまず気になります。
原価には発電所・送電設備の建設費(減価償却)、燃料費、運転のための人件費、料金授受の経費などからなっているのですが、すでに指摘されているようにその中には東電社員のレクレーション施設の維持費や、社内預金の金利(8%だそうです)といった首をかしげたくなるようなものも含まれています。そうやって作られ、長年継承されてきた原価は本当に信頼できるのか、ということ。

それに加えて、今回の石油・ガスの購入費増というのを素直に受け入れていいのか、という点が挙げられます。原発が世論の反対を受けて動かせないから火力に移行するわけですが、まさにこれから稼働させようとしていた原発には発電準備段階ですでに1年分の燃料が原子炉に装填されてしまっています。電力会社からみれば、1年分の原発の燃料費をすでに払っていることになります。
この原発が稼働できないから、代わりに火力を余計に運転する場合、原価はどう計算されるのでしょうか。もしすでに払っている原発の核燃料費も原価に入っているとすると、それは燃料費がダブルカウントになってしまいます。
当然理屈でいえば、この場合の核燃料費は算入すべきではありませんが、既述のとおり、電力会社の原価のカラクリには一癖ありますから簡単に信頼できません。事故処理の費用だってどの程度忍ばされているのかも疑ってかかる必要があるでしょう。そのあたりはどうなっているのかと調べているのですが、調査不足で現段階ではよくわかりません。

これまでの電力業界の説明では原発の発電コストより火力のそれの方が高いことになっていますから、高くできる予防線は張ってあるのでしょうが、とにかく値上げを言う前に「原価」が原価たりえているのかをきちんと詳らかにしてほしいものです。
また17%の値上げを言い出している大口・産業用向けの電力については、近年の電力自由化のおかげで東電以外から電力を調達する道が残されていますからまだいいのですが、小口・個人むけの電力は東電からしか購入できないのですから、この値上げはあまりに一方的すぎます。
値上げをいうのなら、50kw以下の小口電力も堂々と自由化してからではないでしょうか。

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2012.01.23 *Mon

ようやく

ようやく雨が降りました。異常乾燥が収まるのはいいのですが、やっぱり寒々しくなりますね。こうなると暖かい太陽が恋しくなるのは実に勝手な話です。
集合住宅では雨の音がしないので、ちょっと変な感じです。会津の家では少しの降雨でも音で分かったのですが。

自分の就職もまだ決まらずえらそうなことは言えないのに、原発の話をうんぬんいうのも気が引けますが、「ようやく」こういう動きが出てきた、という話題。
政府の事故調査・検証委員会(委員長・畑村洋太郎東京大学名誉教授)は20日、今夏にまとめる最終報告には事故の原因解明にとどめず、「原子力事故による心理的、社会的な影響」も調査範囲に含める方針を示したとのこと。委員長いわく、「これまでは主に発電所の中や東電、政府で起きたことを考えていた。しかし、今は原発事故が被災地に与えた影響の方がはるかに大きな意味を持っている。最終報告では、こうした影響を見ないと調査全体として不適当だ」。
原子力事故の影響について、とかく直接被害や営業損害、賠償額、あるいは原子力の発電コストといった直接的な損害についてはそれなりに議論にはなってきましたが、それだけで十分ではないことは明らかです。東電が賠償する金額は4.5兆円とも言われていますが、それはあくまで直接損害であって、この数字に出てこない被害はそんなもので済まされないはずです。
今回の事故調が「心理的・社会的な影響」を範囲に含めるのは、言葉通りであれば、それは一つの前進だと思います。そして今回の事故がもつ本当の意味をきちんと検証してもらいたいと思います。
でも気になるのは、このような広い意味での影響となると具体的な大きさ(簡単にいえば数字)がわかりにくくなり、実感のわく内容になるのか、ということです。そんなことはないと思いますが、報告書に1行触れられた程度、なんてことになったら全く意味はありません。
「心理的・社会的な影響」を議論するのもいいのですが、そこまでの広い範囲を考える前に、4.5兆円に入れてもらえていないすぐ外側に横たわっている損害や影響も丁寧に検討してもらいたいと思います。本当は賠償請求したい、すべきものを溜めこんでいる人もいるでしょう。事故のおかげで人生が狂ってしまった人はその弁償だってしてほしいでしょう。たとえ、実際に支払われなくても、4.5兆円の外側の大きさ・輪郭をはっきりさせてほしいものです。

話は変わりますが、神戸に移住して、インターネットの環境も少し変わりました。今月中くらいにメールやホームページのアドレスが変わります。ホームページはそのまま閉じてしまうつもりでしたが、新しいサーバーに移しましたので、まだしばらくご覧いただけます。内容はなにも更新されておりませんが、今後活用するかもしれませんからお知らせしておきます。
新しいホームページはこちら
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2012.01.16 *Mon

とんど

相変わらず、雨も雪も降らない不思議な冬を過ごしています。水不足にならないのかと心配になります。

1月15日頃となると日本各地でお焚上げの行事が行われます。私が子供のころいた神奈川ではどんどん焼き あるいは どんど焼き、会津では歳の神、と呼び名はそれぞれですが、しめ縄やお飾りを焚いてその火にあたって無病息災を祈願するというのはだいたい共通しているようです。
この辺りはいわゆる新興住宅地なので、そんな伝統行事はしないと思っていたのですが、地元の自治会が子供の通う小学校のグラウンドでとんど焼きを行う、というチラシをみました。このあたりではとんど、というのが一般的のようです。呼び方はいろいろで面白いですね。トン汁もふるまわれるとのことで、家族そろって出かけました。いってみるとたくさんの子供たちがすでに青竹を組んだ焚き場の周りで遊んでいます。焚き場も高さ7~8メートルはあろうかというおもったより大きなものがすでに作られていました。

火をつける前に、めいめいお飾りなどを竹の間に納めています。我が家も会津からもってきた小法師6体をそっと納めさせてもらいました。火が点くと、青竹にもかかわらず勢いよく燃えます。竹が賑やかに破裂する音は久しぶりに聞きました。神奈川のどんど焼きを思い出しました。会津の歳の神では竹はあまり使わず、カヤやワラが多かったので、破裂音はあまり聞かれません。

トン汁を一杯ずついただいて、子供たちは学校の遊具で存分に遊んで満足な一日でした。
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2012.01.10 *Tue

新年雑感

松の内を過ぎ、普通の1月に戻りました。当地では数日前に少し降雨がありましたが、それ以外は晴れ・曇りが続いています。当然のごとく乾燥注意報が出ており、新聞によれば大阪兵庫ではこのところ火災続きとのこと。確かにサイレンの音をよく聞きます。

街暮らしでの集合住宅では御多分にもれず、ここでも「隣の人は何するものぞ」といった感じで、引っ越しのあいさつ以降ほとんど外部の人と話をする機会がありません。
もちろんいろんな手続きで役場にいったり、金融機関にいったり、買い物をするわけですからそれなりに会話はあるのですが、なんといったらいいか、ここの人たちの基本的な考え方であったり地域情報といったものが全く入ってこないのがとても不安です。逆に集合住宅の住人たちからみれば、我が家の乗用車の会津ナンバーのプレートをみてそれなりに複雑な事情があるのだろうと想像し、どう突っ込んでいいのか思案にくれているかもしれません。まあ、まだ引っ越してきたばかりですし、新年でみんな忙しいし、仕方はないと思います。

そういったわけで、私たちが当地で得られる情報のほとんどはいまのところテレビと最近取り始めた新聞としょっちゅう郵便受けに放り込まれるチラシが頼りとなっています。チラシは意外と無意味なものは少なく、なるほどこういうものがあるのか、とそれなりにこの街の奥行が見えて面白いです。
そして最近注意が必要と思っているのが、テレビと新聞です。マスコミ情報はなんとなく全国同じものを流しているように私たち受け手は錯覚しがちですが、大手のマスコミであってもかなり地域によって送られてくる情報が偏っていることにようやく最近気づきました。
テレビは見たことがない情報番組ばかりで、なじみのある東京キー局のアナウンサーがでてくるニュース番組がものすごく少ないのです。
新聞も以前から読んでいた朝日を続けているのですが、これとて大阪本社で編集されているものは社会面であっても関西情報ばかりで、東日本の情報はわずか。よく見ると読書投稿欄も関西の人ばかりなのですよ。
マスコミといえども商売ですから、読者のことを考えればこうなるのは当たり前なのですが、私のような単純な人間は全国の人が同じ記事を見ていると勘違いしてしまいます。

大雑把にいって、東日本と西日本では接している情報に大きく偏りがあるようなのです。このことは実は昨年の福島原発事故以降に子供たちをこちらに1週間だけ避難させたときにも感じていました。事故から1か月も経っていないあの時でさえ、当地のテレビは原発事故についてはどこか遠くで起こっている物事のように感じさせる報道をしていたのです。
いまでは、原発事故関連のニュースを流してくれるのは、東京キー局のアナウンサーくらいです。これでは世間の人の(少なくても西日本の人たちには)関心は薄くなるのは当然です。
おそらく同じことが17年前の阪神淡路大震災の報道にも起こっていたのでしょう。当時東京にいた私も恥ずかしいことながらほとんど他人事と思ってしまっていました。もちろん私の感受性の鈍さが原因だとは思うのですが、東日本での報道の仕方にもほんの少し問題があったのではないかと思ったりもします。

とまあ、世間の話をエラそうに書いてしまいましたが、今私の最大の関心は自分の仕事探しです。新年早々、職安にいったり、人材バンクに登録したりいろいろあがいていますが、そう簡単に見つかりそうもありません。アルバイトと違って、先々のことまで考えると早く決めちゃえというわけにもいかず、そうかといっていつまでも無職というわけにもいきません。いっつもあの人、家にいて、なにしてるのかしら、と近所から噂されてしまうのが怖いし、子供の学校に提出する調書で保護者の勤め先欄に「無職」と書くのはかなり情けないものです。
せめてこの春に小学校にあがる次男のためにも、それまでになんとかしたい、というのが私の切なる願いです。
CATEGORY : 近況

2011.12.31 *Sat

大晦日

相変わらず暖かい日が続いています。といっても、こちらに元から住んでおられる方には寒いのかもしれませんが、会津の雪雲に慣れている身には信じられないくらいです。

いよいよ大晦日、いろいろあった2011年が終わろうとしています。いつもですと冬の仕事でのんびり過ごすということはなかったので、10年ぶりのしみじみした大晦日です。のんびり過ごすといっても子供たちを相手にいつもと変わらずドタバタしているので、物思いにふけられるわけでもありません。
でも、私たちも社会も大きな変節を迎えた年でしたからそれなりに考えることもあります。
震災ばかりに目を奪われがちですが、この国の財政・経済もかなりの危険要因と考えておくべきことだと思っています。来年はいいことがたくさんあることを願うばかりですが、私たちの頭を悩ますこともまた起きることも覚悟しておかねばなりません。

そんななかでも、とにかく自分の家族には健康で普通で平凡でいてくれれば何があってもやり過ごせるような気がします。毎年末、ここに書くことですが、平凡であることがなんとありがたいことであるか、今年はとくにそう思えた1年でした。

今年も皆さんには大変お世話になりました。来年はこのブログをどうするか考えねばなりませんが、またその後の続きがあるようでしたら、よろしくお願いいたします。

2012年がよい年でありますよう。
CATEGORY : 近況

2011.12.30 *Fri

新しい年を新たな気持ちで迎えるために

太平洋側の冬を過ごすのは10年ぶりなので、すっかり忘れていたのですが、こんなに晴天の続くものだったのですね。雪がちらつくこともありますが、毎日なんだかんだいって青い空とまぶしい太陽が拝めて、昼間は暖房がなくても暖かいのです。会津の冬の厳しさを改めて実感しています。

一昨晩、テレビの朝日系のニュース番組で、福島の原発事故の再検証をしていました。今さらこんなテレビをみて、どうなるのかとも思ったりもしたのですが、悲しいかなやはり少しでも事実に迫ることを知りたいので見てしまいました。あくまで取材による推測ということもありますが、事実はおそらくそんなところなのだろうと思えるような内容ではありました。
でも、そんなことは今頃わかっても遅いのですね。事故は実際に起き、逃げ遅れあるいは線量の高いところにわざわざ逃げてしまった人がおり、たいへんな被ばくをしてしまっています。これから政府や東電の隠ぺい・無責任体質を正すくらいのことはこれからもあるいはできるかもしれませんが、起こってしまったことについては何を今さら、という感はぬぐえません。
そして、当の番組でも「当時の自分たちマスコミの報道体制の問題」を多少申し訳なさそうにほんのひとことだけ触れていましたが、それこそこの番組できちんと検証・説明してもらいたいものだというのが、私の感想でした。

当地神戸の地方紙「神戸新聞」を連れ合いの両親のお宅で読んでいると、地元の原発設備メーカーの所長さんのインタビューが載っていました(神戸にとってはこの会社は最大の事業所なので、たびたびこの会社のことが記事になります)。
このメーカーは、北海道・関西・九州・四国の電力会社に原子炉を納めているのですが、もちろん今は新規の工事は止まっており、原発ビジネスの先は見通せない状況のようです。それでもいまは、例のストレステストの仕事がたくさん入っていて600人体制でコンピュータによるシミュレーション作業を行っているとのこと。
要するにストレステストは電力会社でやっているわけではなくて、こうしたメーカー・下請けにやらせて体裁を整えて国に提出するということになっているわけですね。
それでもメーカーにとっては、仕事量の確保と早期の原発再稼働、そして原発設計技術の伝承のためにはとてもありがたい仕事となっているようです。
こうして国や電力会社が原発メーカーを食わせている姿をみると、原発ムラはまだまだ健在ということがよくわかり、落胆してしまいます。

まったく力が抜けてしまうようなことばかりですが、そんなことばかりいってもいられません。いろいろあった今年最後のブログが心の重くなるようなものにしたくないので、今日のうちにこんな話は吐き出してしまいたいと思いました。

そして新しい年を新たな気持ちで迎えたいと思います。
CATEGORY : 近況

2011.12.28 *Wed

ひとまず神戸へ無事

クリスマス寒波といったらいいのでしょうか。日本海側で大雪になっているようです。ここ神戸は年に1回か2回積もる程度だと言われている雪が、昨日うっすら積もりました。外はそれなりに寒いのですが、気密性の高い集合住宅のせいか震えるほどではなく、ほんの1週間前の暮らしでの寒さの違いに少し戸惑うほどです。

おかげさまで家族そろって、次の移住先である神戸へ到着しました。先月にはすでに引っ越しの片づけは大方終わってはいたので、住むに困るということはないのですが、まだ大きなダンボールがあちこちに転がっている状態です。イタズラ盛りの3人の子供たちを相手にしながらこれを片付けるのは思った以上にホネの折れる作業です。でも子供たちの方こそ、遊びにも連れて行ってもらえず退屈で仕方がないのだと思います。

ようやくインターネットを使える環境になりました。さっそくこれを書く気になり前の記事を確認しようとしたら、出発前に最後に書いた文章が手違いでアップされていませんでした。ようやく昨日そのまま載せておきましたので、一応ご覧ください。そこにも書いてありますとおり、山都出発の朝はまだ片づけが終わっておらず、あの記事を書く時には予定通り出発できるのか不安で仕方がありませんでした。

とにかく午後一番には出発できるように残りの荷物の荷造り、ゴミ捨て、家の掃除をせねばなりません。私は軽トラに捨てる家具やフトンなどを満載して清掃工場を往復し、お借りしていた暖房機具やテレビなどを返しに走り回っていました。連れ合いの方も、下の二人を相手しながら荷造りするのですが、どうにも捗りません。
こういう状況をどこから察知したのか、ご近所のお母さん方が次々と雑巾と手袋を手に集まってきてくださいました。子供たちのお守をかってでてくださった方もいらっしゃいます。雪で足場が悪いのに、神戸へ向かう乗用車への荷物の積み込みまで手伝ってくださいます。
私があらかたゴミの始末を終えて戻ってくると家の中はすっかりきれいになっていました。

こんなことってあるのでしょうか。

そしていよいよ出発の時間。一応前の日にひとわたり挨拶していたので、お隣にだけ声をかけてひっそり発つつもりでした。加えて、つい先日このムラで不幸ができたのでムラの中はそのお弔いでかかりきりになっていたので、私たちもご挨拶を控えた方がいいとも思っていました。
ところが、出発直前さきほどまで雑巾片手に汗を流してくださった方々が見送りに来てくださいました。

こんなことってあるのでしょうか。

私たちはただの他所者だと思っていました。都合よく入ってきて、都合よく出て行って。それなのに、最後の最後までこんなによくしてくださって・・。

田舎暮らし・農的生活をしたいと思ってきた10年。田畑を耕し、できるだけ自分たちの手でモノを作って自給的な暮らしをする。それだけを考えて生活してきたのですが、その生活の中で得られた大事なものを私はすっかり見落とすところでした。

名残を惜しみながら、長年見慣れた風景を深く心に刻みつけながらムラを後にしました。

その後、いつもお世話になっていたパン屋さんによってお見送りをうけ、上の子を学校に迎えに行き、そこで先生方のお見送り、保育所に寄ったらそこでも次男の組の子供たち全員が元気にお見送り、どこでも温かいことばをかけていただきました。

離れてみて、この町の、この町の人たちの優しさ、これまでの生活の本当の豊かさに気づかされた旅立ちでした。
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2011.12.22 *Thu

お世話になりました。(2011.12.22)

今日、ここ会津を離れるというのに、外はちょっとした降雪になっています。これからクリスマスにかけて大雪・荒天になるとのこと。なんとかぎりぎりその前に出発できるといいのですが。

再移住を決断してから9か月。いよいよお別れの時がきました。最後はもう少しゆっくり雪なども楽しみたかったのですが、最後の引っ越しの片づけがなかなか終わらず、家の中の掃除も実はまだ終わっていません。長男の学校の終業式が終わるまでが勝負です(終業式といえば、私たちのころは朝から式があって、掃除して、通信簿もらって、ホームルームがあって11時くらいには帰れたものですが、最近の学校は午前中も普通の授業があって、午後に終業式となっているのです。いつのころからか学校も土日が休みになったのでカリキュラムを消化するのも大変なのでしょう)。
午後一番に発って、長男を学校で拾い、一路西へ向かいます。

昨夜、ムラの1軒1軒を訪ねて、最後のご挨拶に上がりました。名残惜しいのはやまやまですが、皆さんのお顔を拝見して悔いなくここを離れる気持ちの整理がようやくつきました。あとは、ただ次の世界でまたひとつひとつ自分たちらしい生活を作るだけです。

このブログのタイトルは「ねこみみの農的生活記」となっておりますので、今回がこのテーマでの最後の更新となります。長い間お付き合いをいただき誠にありがとうございました。
このブログの続きはあるのか、とよく聞かれるのですが、まだなんとも決まっていません。運よくすぐに就職が決まって、仕事が忙しくなると書けないかもしれないし、あまり暇でも書くことがないかもしれません。今、考えているのは、外から見た福島・会津のことをテーマとしてこちらの人に見てもらえるようなものにしたいと思っています。期待なさらず、お待ちいただければと思います。
当面はこのブログをそのまま使って、到着後の様子など少しですが、書いておきたいと思っています。

最後になりますが、お世話になりました賢谷(かしこだに、と読みます。私はこのムラの名前が大好きでした)のみなさん、ありがとうございました。またIターン仲間の方々、山都町のみなさん、そして私を最後まで応援してくださった方々に心より御礼申し上げます。行ってまいります。 2011年12月22日(木) 午前5:20記

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2011.12.20 *Tue

430(2011.12.20)

喜多方の市街地はそうでもないですが、山都町はすっかり銀世界になってしまいました。今年も年末・クリスマス大雪との天気予想がでています。どうやら私たちが旅立った翌日あたりからが怪しいようです。前倒しで低気圧やら強い寒気やらが来ないことを祈ります。

さて、いよいよ我が家の最終退去日が刻々と近づいてきました。家の片づけ・掃除はもちろんですが、近所へのご挨拶も大切です。本当は1軒1軒、中でお茶でもいただきながらいろいろお話したいのはやまやまなのですが、如何せん残された時間はあまりにも少ない。
用事で車を使って外出する時も、すれ違う車の運転手が知り合いだと深々と頭を下げるなど、いい加減ですが私なりに最後のあいさつのつもりです。

家の片づけをしているとテレビニュースでは大騒ぎ。北の指導者が亡くなったようです。このことをきっかけに、北の国に監禁されている日本人たちを解放することにつながってくれればいいのですが。
今年は(も)いろんな出来事がありました。残りわずかの今年がせめてこのまま平穏で過ごせることを祈りたいです。
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2011.12.18 *Sun

429(2011.12.18)

寒さもだいぶ厳しくなってきました。雪も毎日のようにちょこちょこと降り積もり、いつ大雪を降らせてやろうかと伺っているようにも見えます。なんとか今くらいの降り方で、私たちがこの地を離れる日まで我慢してくれているといいのですが。

会津の空の下にいられるのも、あと残り数日となりました。短かった冬の仕事も昨日ようやく無事にお勤め終了です。お世話になりました。
住所変更の手続きやら荷物まとめやらゴミ捨てやら、それに方々へのあいさつ回りがだいぶ残っています。

先日Iターン仲間の忘年会があり、楽しい時間を過ごしました。みなさんから心温まる励ましの言葉をたくさん頂戴し、とても感激いたしました。こうした力強い仲間がいてくれていることは、何にも代えがたい心の支えになります。最後に記念写真を撮っていただいたのですが、みんないい笑顔しておられました。いつまでもこの町でこの笑顔が絶えぬよう、心から願っています。
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2011.12.12 *Mon

428(2011.12.12)

本格的に寒くなってきました。週間天気予報の半分くらいは雪マーク。今積もっている雪はこのまま根雪になりそうです。

当地での生活もあと10日ほどを残すばかりになりました。あと1週間くらいは仕事に追われそうなので、すぐにその日がきてしまいそうです。本当なら雪の会津をもう少しゆっくり楽しみたいところですが。

忘年会を兼ねた送別会も始まりました。ソフトボールクラブ、堰(田んぼの水路の保全)、仕事仲間、Iターン組、そしてこのムラの人たちとも名残を惜しみました。ありがたいことです。
そういえば、前の会社を辞める前も、連日のように送別会やってもらいました。続き過ぎて、体調不良になって大変でした。健康診断で血液検査で引っかかってびっくりしたのを思い出しました。

年末に向けて、飲みすぎないように注意します。
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2011.12.03 *Sat

427(2011.12.3)

いよいよ師走に突入。この1年も早かったです。今年もいろいろありましたが、とにかくいろんな意味で残り1か月。安全無事に実りあるものにして終えたいものです。

引越しは終わったので、本でも読んでのんびり過ごす予定でしたが、近所の農家のお手伝いを頼まれたり、これまでお世話になってきたスキー場から最後に準備を手伝えといってくれたりしてそれなりに時間が埋まってきました。
先月、本の整理をしていたら、学生のころに買った原発関連のものがいくつか出てきました。学生の頃の自分にも原発に対しての問題意識(反原発という意味での)があったことに少しほっとしました。これを引越しの荷物に入れず、こちらに置いたのでいくつか読み返してみました。
原発は危険だ、という意識はもちろんあったものの、それは普通に運転していても放射性廃棄物処理の問題が解決していないとか、人の少ない地方にばかり建設する考え方がけしからんといった批判ばかりで、実際にそれが暴走したときどのようになるのか、そこまで意識して読んでいなかったことに反省。米国スリーマイル島やソ連チェルノブイリのように原発事故はまたどこかで起こりうることは予想していたけれど、それが我が国で起こるとは正直思っていなかったということは、結局私も安全神話を無批判に受け入れていた一人であったのです。

「東京に原発を」(広瀬隆 集英社文庫 1986年)は、事故の規模や発生の仕方に多少の違いはあるものの、予想される政府の対応については、避難すべき国民へ正しい情報が迅速に伝えられないであろうことを予告していました(それは全く今回のフクシマの事故で行われた対処そのものでした)。そして1960年には、国は深刻な原子力災害の被害の広がりをかなり詳細に検討し、その損害額まで算定していたというのです。それは当時政府極秘報告書(通称S報告)→大型原子炉の事故の論理的可能性及び公衆損害額に関する試算-としてまとめられていたそうです。(当時は、東海第一原発17万kw(熱出力50万kw)での事故を想定していたようですが、実際はその後に建設されたお隣の原発で事故が起こったということになります。)
被ばくで人が死んだら1人当たり85万円の損害(賠償)などと想定されており、逆にいえば、どの範囲までなら賠償しても国のサイフが持ちこたえられるのかを試算したものだったのかもしれません。
今回のような事故に対して、政府としての対処方針が決まっていたと考えることもできるわけで(もちろんそれは国の仕事としてまっとうなコトではあるけれど、そういう方針・考え方もあらかじめ教えておいて欲しかったですね)、事故直後に設定された同心円の意味もおそらくその線にそったものだったのでしょう。
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2011.11.28 *Mon

426(2011.11.28)

寒さが一層厳しくなってきました。カメムシはどうやら我が借家の壁の隙間などにお気に入りの越冬地を決めたのか、目にすることが少なくなりました。代って「ベンジョコウロギ」があちこち跳ね回っています。そしていよいよこのムラにもようやく降雪があったようです。

「あったようです」というのは、その日私は引っ越しの荷物を受け取るためにここには居なかったからです。
そうです。とうとう引っ越ししてしまいました。私たち家族は12月いっぱいまでいますが。
引越しの大きなトラックが家の前に横付けされると、いよいよ寂しさを本格的に実感。たんたんとスピーディに手際よく積み込まれていき、1時間半ほどで作業は終了。早いですね。このところ雨の日が多いので、引っ越し当日の天気が気になっていたのですが、おかげさまでこの日だけは朝からよいお天気。そのせいもあったのでしょうか。

当面の住まいのための道具は多少残してありますが、それでもガランとした家中はぐっとさびしくなりました。タンスが置かれたところの「い草」の色がまだ若くて、キャンディーズのかつてのヒット曲がふっと思い出されます。


話は急に変わって、先週帰国されたブータン国のワンチュク国王夫妻。
歓迎ムード一色、イケメン・美女のご夫妻とあって、報道は過熱気味。明るい話題がほしいところなので仕方がないかもしれませんが、メディアの受け止め方としては少々表面的すぎないかと気になります。彼の国はGNH(国民総幸福量)を国是としておられます。その視点から今回の来日をどうとらえるべきなのか、という評論がなぜか見当たりません。
ご夫妻にとってはハネムーンとしての位置づけもあったようですから、あまりカタイこと言わない方がいいのかもしれませんが。

天皇主催の晩さん会のとき、国王が、本当はここに出席している皆さん一人一人にハグしたいけれど、それはできないのでそのつもりで妻をハグします、というあいさつに国王の人柄がでていると称賛されていました。確かに好感のもてる素敵な所作だと思いました。
でもこれをたとえば原発事故後の東電・政府の対応と並べてみたらどうでしょうか。日本の政府は自国民・被災者に対して「一人一人にハグしたい」と思ってくれているでしょうか。あるいはそんな仕草を見せてくれたでしょうか。東電は、分厚くてわかりにくい「補償金」支払い用のマニュアルを一方的に送りつけて、彼らの気持ちを伝えてくれました。

国王のこのご挨拶は、日本のみじめな実態に対しての深い悲しみを精いっぱい滲ませたものではないのかと私は思うのです。でも、そういった類の見方をしたものは、私が知らないだけかもしれませんが、目にしません。これが、根性の曲がった人間の曲解・ムダな深読みで済めばいいのですが、そんな思いがもし込められていたとしたら、彼らにとって日本は本当に救いようのない国だということになってしまいます。
滞在を終え関西空港を飛び立った航空機内で、遠くの美しいヒマラヤ山脈を目にしながら「我が国をあんな国にしてはいけないな」と国王が奥様につぶやいていなければいいのですが。



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プロフィール

nekomimi

Author:nekomimi
2001年夏に東京の会社を辞め、農業を中心とする生活をするため福島県会津地方へ移住。
連れ合いと3人の息子、犬のもも、ネコのリンと賑やかな田舎暮らしをしています。

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